第3話
「いーやーあーだぁー!1人で入れるよぉ!!」
「ダメです!溺れたらどうするんですか!お風呂は危険がいっぱいなんですよ!!」
「溺れないよ!」
「はい捕まえました!観念して一緒に入りましょう?」
「夜に入る!夜に1人で入るからぁ!」
「これから来るお客様はとっても偉い人なのです。綺麗にしておかないと失礼にあたりますよ。屋敷の中をあちこち走って埃っぽいんですから」
「大丈夫だよー!綺麗だよー!」
シリアに捕まった俺は足をプラプラさせながら風呂場へ運ばれていく。ドナドナ。
俺は今年で3歳になった。
肉体をしっかり鍛え始めるにはちょうど良い年齢である。
1歳になる前は眼球を大きく動かして、動体視力の向上を図り、泣く時には丹田を意識してインナーマッスルを鍛えた。腹式呼吸大事。ハイハイもたくさんして心肺機能も鍛えた。
体が大きくなってきてからは屋敷の中を走り回り、足腰の鍛錬をしつつスタミナを付けるようにした。
成長を妨げるので小さなこの体に大きな負荷はかけたくないところだが、幼少期は筋肉コストパフォーマンスが非常に良い事がわかった。
筋肉コストパフォーマンスというのは俺が考えた言葉で、トレーニングに対しての筋肥大効果だ。これが高ければ高いほど大きな効果、つまりより効率的に筋肉を育てる事ができるのだ。
幼少期という素晴らしく、しかし短い筋肉黄金期を有効活用するために様々な場面でのトレーニングを試している所だ。
そこで、風呂である。
風呂はいい。
水中は成長を妨げる事のない範囲で、全身を満遍なくトレーニングできる。集中もできるしな。
今より数ヶ月前。風呂トレーニングの有効性に気付いた俺は、1人で入る!と駄々をこねてこねてこねまくった。それこそ漫画みたいに床に手足をバタバタしてやった。そんな俺にみかねた母さんが、そこまで言うなら試しに、と、1人で入る事を許してくれたのだ。
初めての1人風呂。幼いこの体に、どんな方針で筋肉をつけていこうか悩みながら負荷を上げていった。
初めは深指屈筋を意識しながら手をグーパー。次にスクワットで大腿筋。水中の負荷が心地良かった。そして上腕筋、広背筋とこの世界で行なう初めてのしっかりしたトレーニングについテンションが上がり、思いつくまま、夢中で試していった。
しばらくして、返事をしなくなった俺に慌てた母さんとシリアが入った時、俺は湯船に仰向けで浮かんでいた。青ざめた2人が見た俺の顔といえば満面の笑みで、ゆらゆら揺れながらぐっすりと寝ていたらしい。
これで死んでたら前世の二の舞だったな。かなり怒られた。
そこからは、戦いだ。
1人で風呂に入りたい俺と、それを阻止したい母・シリア。こちらは1人なのにタッグを組むのはどうなんだ。体重差でいったら無差別級でもなかなかないぞ。ちなみにそれを言ったら2人にすっげー怒られた。風呂で死にかけたときよりもだ。げせぬ。
なんやかんや回想している間に入浴が終わる。ちゃちゃっと洗われた俺をシリアが風の魔法で乾かしていく。風呂の描写?無いです。今後にご期待ください。
「さぁこちらを着ますよ。少し窮屈ですが我慢して下さい」
されるがままに堅苦しい服を着せられる。
昼間から風呂を強制されたのは、シリアも言っていたが、これからお客が来るからだ。辺境伯ってやつで、伯爵の我が家より位が高いらしい。貴族の事はわからないが、辺境伯は王様の次に偉いとかなんとか。
「ライオット様、こちらに。まもなくラース様も来られると思いますので、大人しく待っていて下さいね」
シリアが開けたドアを通り、無人の応接室に入る。
「まだ誰もいないじゃんかー…わかってるよ。こんな動きづらい服でどっか行ったりしないよ」
豪華なソファの隣にシリアと並んで立ち、今年で7歳となった我が兄ラースを待つ。
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この世界では5歳の時に教会へ行き、強制的にドーピングが行なわれる。例外は無い。
神がその者の魂と対話し、相性のいい精霊や神の加護を与えるらしい。
それは地、水、火、風など、ファンタジーでおなじみの精霊や神に始まり、商いの神やら鍛冶の神やら戦の神やらそれはもうたくさんだ。
ラースの加護は炎の神だった。本人は戦神が良かったとぶーぶー言っていたが、精霊より上位の神の加護、しかも需要の高い炎属性はなかなかいい結果らしい。
今では魔法もいくつか使えるようになり得意げに披露してくる。今年から魔法学校に通うようだし、まさに順風満帆。
これから来るという辺境伯さんもそれ絡みだしな。
精霊の加護より神の加護の方が上位で、その加護をベースに自分の人生が決まる。炎の精霊なら炎の魔法が得意になり、剣の神なら剣技が超得意になる、といった具合だ。身体能力や成長度合いも変わるんだとさ。
その加護をどう育てるかというと、魔物を倒す事で高濃度の『魔素』を取り込み、『レベル』を上げる。レベルが上がると身体能力が向上し、武技や魔技、つまりスキルが発現していく。
要するにだ。
加護ガチャで得た能力で人生が決まり、RPGのように敵を倒すだけで能力が上がり、それに従い天啓を得るようにスキルや魔法を覚えるのだ。
辛いウェイトトレーニングは必要無い。
レベルが上がれば力が付くから。
辛いランニングもしなくていい。
レベルが上がれば体力も上がるから。
素振りもいらない。
スキルを使えば勝手に成長するから。
これをシリアから説明されたとき、俺は思った。
俺の真の使命は、辛さを乗り越え、相棒を得る喜び、相棒と共に自分も育っていく喜びをこの世界の人々に思い出させる事なのだと。創造神、お前は絶対にぶっとばしてやる!
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「ライオット!早いな!俺も結構急いだんだけどな!一番乗りは逃したか!」
俺と同じように窮屈そうな服を着たラースがやってきた。
相変わらず声がでかい。
「シリアが急かすんだよ。僕は兄さんのおまけみたいなもんなのに」
「ライオットはまだ加護が無いからな!俺みたいに神様から加護を頂けたら今度はライオットに辺境伯が会いに来るさ!」
「僕は加護なんていらないよ。レベルに縛られる人生なんてまっぴらだ」
「ライオット様、何度も言いますが加護は必ず受けて頂きます。神様との繋がりが無ければ生きていくのもままなりません。それに、学校にも通えませんよ」
会話にシリアも加わる。
「そうだぞ!上位の加護を貰えるようにちゃんと祈らないとな!俺と同じ魔法学校に行けないぞ!」
「じゃあ学校行かなくていい」
「ライオット様!」
お祈りで人生決められてたまるかってんだ。
心の中で神に文句を言ってるとラースの後ろから声がした。
「感心せんなライオット。お前にもラースと同じ上位神の加護を得てもらうぞ。私は期待している。応えられるよう祈りは毎日欠かさず行え」
父さんが入ってきた。グレイス・フリード。厳格そうな顔つきで、実際に厳しい。てか、普通に怖い。母さんがなんでこんなのと結婚したのかホントにわからん。
「祈りはやってるよ。シリアがいつも一緒なんだから逃げられないよ」
「神は魂に問いかける。心の底から祈りを捧げねば下位の精霊しか受けとれぬぞ」
めんどくさい。だいたい心の底から祈らないといい加護あげない、とか心狭すぎだろ、神。
「あー、そこらにしておけよグレイス。兄が優秀だからといって弟にも背負わせたら重荷になるぞ?」
「おお早いな、バーグ。つい、な」
母さんと一緒に線の細い男が入ってきた。この人が辺境伯さんか?なんだ結構気さくな感じだな。
「全く、あなただって学校嫌いだったでしょうに」
「お前、それは今言わなくていいだろう…」
「さぁバーグさん、どうぞこちらへ」
小声でのやりとりの後、母さんが辺境伯を促す。
どうやらバーグさんらしい。
それを見たシリアがお茶を入れに行った。ソファに座りながら辺境伯さんが言う。
「はは、アイシャさんもお元気そうでなによりです。まぁ学校が好きな子どもなんて一部ですよ。行く前から嫌いなのは珍しいですがね。さぁ入っておいで」
辺境伯、バーグさんの言葉でドアから可愛らしい二人の女の子が入ってきた。
「こっちへ。さぁ挨拶だ」
ゆっくりとソファへ近づき、止まる。
「ロザリアム家長女の、ルビア・フィル・ロザリアムと言います。本日はお招きいただきありがとうございます」
青い髪の女の子がフリフリのスカートを摘み、お辞儀をする。なんとも走りにくそうな格好だ。
「よく出来た。さぁ、ジルも」
後ろでもじもじしていた小さい女の子がとてとてやってきた。おお、綺麗な金髪だな。
「ジルニアです。こんにちは」
こちらもフリフリのスカートを摘み、お辞儀をした。
「バーグのとこも大きくなったな。すっかりお嬢様だ。では、こちらも。ラース、ライオット、挨拶を」
え?無茶振りか?貴族の挨拶ってどうやるんだ??
「フリード家長男の、ラース・フリードです。お嬢様方、どうぞよろしくお願いします」
兄がそう言いながら胸に手をあてお辞儀をする。普段のわんぱくっぷりを巧妙に隠した貴族らしいふるまい。兄よ、それは裏切りだ。
「次男のライオット・フリードです。ええっと…3歳です!」
「はは、元気がいいな!男の子はそうでなくてはな!」
「ライオット様…」
テンパった。シリアが頭に手を当てて俯いている。いや貴族の挨拶なんて教わってないって。
「では改めて。グレイス、今日はありがとう。魔法学校が始まる前に顔を合わせておきたかったんだ。直前になってすまなかったがこうやってお互い時間を作れたのは良かった。早速だが、どうだい?少し子ども同士で話してみては。ルビアとラース君、ジルとライオット君は同い年だ」
ほーん、背の小さいジルニアって子は俺と同い年だったのか。んで青髪のルビアが兄さんと同じと。
「そうだな。大人は大人で積もる話もある。ラース、ライオット、少し遊んできなさい。シリア、すまないが頼んだ」
「かしこまりました。お嬢様方、ラース様、ライオット様、隣の部屋へ向かいましょう」
「シリア、お茶菓子は持っていって構わん。皆で食べてくれ」
「かしこまりました」
シリアに連れられて俺ら子ども組はぞろぞろと隣の部屋へ向かう。小さめの応接室だ。子ども4人とシリアで少し手狭になる。
テーブルにお茶菓子を置き、シリアが言う。
「ラース様。先ほどバーグ様も仰られてましたが、ルビア様は来月から始まる魔法学校でのご学友となります。是非この機会に親交を深めて下さい。ライオット様、同年代の友達がいない貴方にはまたとない機会です。頑張って話して下さい。では」
シリアはお茶菓子を置きながら言いたいことを言って去っていった。まじか。さっき父さんが頼んだって言ってなかったっけ?てか友達いないって言うなし。
そして、静寂…
そりゃそうだ。初対面の男女4人なんてどうしたらいいかわかんないよ。なんとなく顔を見合わせてはみるが誰も話そうとはしない。
ここは精神年齢33歳の俺が前世での鉄板トーク『プロテイン摂取、食前?食後?』を投入するか…?いやでもプロテインの概念無いよな…?となると『筋膜ストレッチあれこれ』か…?
作戦を考えていたらルビア嬢に先手を取られた。
「えっと…すごく綺麗なメイドさんですわね。うちの屋敷も何人か雇っていますけどあんなに綺麗な方は初めて見ましたわ」
「シ、シリアは父さんと母さんが出会った頃からの友人らしいぞ!です!昔からの友達だ!えっと…ルビア…さんって呼べばいいですかの?」
…兄よ…メッキ剥がれるの早いぞ…それじゃお爺さんだ…
「ルビアで構いませんわ。古くからの友人って素敵ですわ。私達もそうなりたいと思いますわ。ラース様も来月から学校なのですわ?」
おやルビア嬢も喋りが変だぞ。
「お、俺もラースでいいよ!話し方も普通で大丈夫!ルビアは、どんな加護を貰ったんだ?魔法学校なら神様から貰ったんだろ?」
「助かります…!喋り方は習ったけど、難しいんです…私は水の神様です!ラース様は?」
「俺は炎の神様で……」
やるな、兄よ。ちゃっかり加護トークで盛り上がってやがる。仕方ない、俺はこっちで細々とトークしとくか。なぁに相手は3歳だ、なんとかなるだろう。俺もだけど。
「えっと、ジルニア…さん?同い年みたいだし、よろしくな」
「…うん。よろしく。ジルニアでいいよ」
「ありがとう。俺もライオットで大丈夫だよ」
『………』
会話が続かない…!どうすんだこれ…?
「えっと……ジルニアは…筋肉に興味ある?」
この一言が俺たちの運命を大きく変えることになった。
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