第94話
「澪さん! 使ってください!」
十六夜は蟹股のまま、抜いた神剣を澪に向かって投げつける。どこにそんな力があったのか、神剣がグルグルと回転しながら10メートル以上の距離を飛んで行く。まるで特撮ヒーロー番組がクライマックスに突入しそうなシチュエーションなのだが、柄の部分で一緒にグルグル回っている二本の腕のせいで、ホラー映画の中盤みたいな絵面になっている。
あれだけの回転が加わったにも関わらず、腕は外れる事無く地面に突き刺さった。
「桜観斬月流格闘術……
澪は神剣まで一息で走ると、両手の爪で壬生の腕を輪切りにした。ボトボトと音を立てながら、柄の部分にしがみついた指が落ちていく様は、完全にホラーだった。澪はそれを全く気にする事無く剣を手にすると、数回素振りをして間合いや感触を確認した。
「よし! ミッションコンプリートです。撤収しましょう」
そう言って微笑んだ十六夜の頬には、数滴の血が飛び散っているのだが、それを指摘しては俺が責められそうなので、黙っておこう。
再度十六夜の肩を借りながら、千花さんの元へと戻る。その際にも、背後からは凄まじい風圧や轟音が響き渡っている。あの剣が、この戦況を覆すきっかけになれば良いのだが。
「桜観斬月流剣術…月牙」
「ぶおおおぉぉ!」
早速神剣の効果が発揮されたか?澪が繰り出した高速の突きは、炎神の右肩を抉り大きな穴を開ける。澪の持つ神剣は溶け落ちる事は無く、逆に炎神の体に開いた大穴はなかなか回復しない。
「それは……危険だな」
これはいけるか?そう思った矢先に、炎神は大穴が開いた肩口から右腕を引き千切る。それを左腕で一振りすると、水の神剣よりやや刀身の長い、日本刀に形状が似た剣が現れた。さらに、引き千切られた右腕はいつの間にか完全に復活していた。
炎神は刀を右腕でしっかりと掴むと、刀身に赤黒い炎を纏わせる。澪も神剣を構え直すと、霊力を籠めて刀身に透き通るような水を纏わせた。
両者は向かい合い、その剣を高速でぶつけ合う。どちらも隙無く切り結んでいくが、剣技だけでは澪の方に軍配が上がり、徐々に炎神を後退させていく。
「ふん…ちょこまかと……小賢しい技を…ぶおおおぉぉ!」」
「うぐ!」
炎神は剣技だけの戦闘に耐えかねて、咆哮と共に口から炎を噴出した。澪は咄嗟に正面に神剣を構え、霊力を流し込むことで水の障壁を展開するが、勢いに負けて後方に吹き飛ばされてしまう。
「水遁・水縛陣」
「アイシングバレッド」
澪が炎神から離れた事により、百花と所長さんの集中砲火が敢行される。それにより、炎神の足を止める事が出来たが、その攻撃までは止める事が出来なかった。
「死ね……カス共が!」
炎神は百花に炎の塊を投げつける。それは徐々に大きさを増して百花に迫っていく。
「くっ……水遁・双……」
スキルを発動させようとしていたが、巨大な炎の塊によって、こちらからは百花の姿が見えなくなってしまった。
炎神は休む間も無く刀を一振りすると、所長さんに向けて炎の斬撃を発生させる。
「アイシングバレッド」
所長さんは冷気の弾丸を連射してそれを防ごうとするが、勢いを殺し切る事が出来ず、サブマシンガンを破壊しながら所長さんの胸を斬りつけ、後方へと吹き飛ばす。俺程の出血は無いようだが、武器を無くした所長さんは、蹲ったまま動けないでいた。
百花はギリギリで水を発生させる事が出来たらしく、焼き殺されることは無かったようだが、炎の勢いで地面に強く叩きつけられてしまったらしい。五体は無事であるが、起き上がる事は出来ないようである。
「桜観斬月流剣術奥義が五…大斬月」
「ぐああぁぁ!」
二人に攻撃が向けられているうちに態勢を立て直した澪が、巨大な水の斬撃を叩きこむ。それは炎神の右腕を吹き飛ばした。
「クソガキがあああぁぁぁ!」
「がはぁ」
激昂した炎神は、残った左腕を振りかぶって澪に突撃する。振り抜かれた拳は神剣を躱して澪の腹を撃ち抜いた。拳から発生した炎は水の神剣が消し去ったようだが、威力を殺す事は出来ず、澪の体は遥か後方へと吹き飛ばされた。
「九十九さん、アタシが時間を稼ぎます。だから、逃げてください!」
「ふざけるなよ! この状況で、俺だけ逃げられるかよ。大体、千花さんだっているんだぞ」
「千花さんは、アタシが絶対護り抜きます。だから、九十九さんは行ってください」
そんなの無茶だ。ここに残るという事は、死ぬ事と変わらない。幸いまだ死者は出ていないが、それも時間の問題。全滅はほぼ確定している状況で、俺一人逃げる事なんてできやしない。
「それでも、アタシは九十九さんに生きて欲しい。そのための時間なら、あいつに焼かれようが灰にされようが、いくらだって稼いで見せます!」
その状況を想像して、吐き気がした。自分の身内が焼かれ、灰にされる?そんな状況で俺一人逃げろ?無理だ。無理に決まっている。そんな辛い思いをしてまで生き残るぐらいなら、ここでみんなと一緒に死んでしまった方が楽だ。
それに、みんなは俺を置いて逃げる選択肢を選ばなかったんだ。だったら、俺だってみんなを置いて逃げたりなんかしない。
「お前ら……俺を舐めてるのか? 逃げられる…わけねえだろうが」
炎神は俺たちを標的に定め、こちらに詰め寄ってくる。十六夜は俺と千花さんの前に立ちはだかるが、その体は震えていた。
「無茶しやがって。お前の仕事は、戦う事じゃないだろ? 俺が時間を稼ぐから、みんなを回復してきてくれよ」
震える十六夜の肩に手を置くと、そのまま彼女の前に出る。血は止まってるんだ。みんなの治療が終わるまで、時間を稼いで見せるさ。
それに、さっきの十六夜の回復魔法のおかげで、わかった事もある。全身に霊力を巡らせさえしなければ、魔法やスキルは使用できる。
「だから、頼むよ十六夜」
「……絶対、アタシより先に死なないでくださいよね」
それは無理な相談だ。俺は今から中途半端にしか使えないであろうスキルだけで、あの化け物に立ち向かう。多少の時間稼ぎは出来ても、それだけだ。後は、みんなに託すしかない。
「どうしてまた、こんな化け物と戦わなくちゃいけないのかね」
「お前は……まだ後だ。全部…全部奪ってからだ」
「悪いけど、俺もこんな体でね。あんたがチンタラやってるうちに、勝手に死んじまいそうだから、わざわざ出て来てやったんだよ」
「ふん……なら…今すぐ全部……壊してやる」
「させるわけないだろ? 行くなら、俺を殺してからにしろよ」
立ち塞がる、と言うには随分と弱々しく、俺は炎神の前に立つ。
腰を落とし、左手を炎神に突き出して意識を集中させる。全身では無く、左手に霊力を集中させるイメージ。
「崩け……んぐあぁぁ!」
スキルを発動しようとした瞬間、全身に霊力が膨れ上がる。予想外だった。拳を使用するスキルであれば、霊力は左手にだけ発生するものだと思い込んでいた。スキルの構造を、全く理解していなかった俺のミスだ。
それでも、この拳だけは絶対に止めない。どれだけ苦しく、怖く、痛くても、このスキルだけは発動させる。この拳だけは、届かせる。
「崩拳!」
唇を噛んで、炎神の腹を睨み付ける。痛みに全身が支配される前に。恐怖に脳が支配される前に。俺はスキルを発動させる。
スキル発動と同時に、炎神との距離はゼロになる。呪いに食われていない全ての霊力を左手に集中させ、最後の力を振り絞って、その拳を振り抜いた。
「ぐ……かはっ」
しかし、拳が敵の体を貫く事が出来たのは、炎神の方であった。
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