第92話
「桜観斬月流剣術・奥義が二…天月牙突」
開幕早々に、澪が氷の檻を目掛けて強烈な突きを放つ。それは氷の檻の一点だけを突き破り、炎神の喉元にその刃を突き立てる。
しかしそれは、炎神の体に触れると同時に、ドロドロと溶け落ちて消えてしまう。澪は刀を手放し、そこから飛び退いた。
「ウォータースピア」
澪が空けた穴に向かって、思川さんは水の槍を発生させて突き立てる。それは液状に変わって、ドクドクと檻の中を水で満たしていく。水も炎神の体に触れると同時に蒸気と化そうとするが、その前に所長さんが冷気の弾丸を叩きこむことによって、それは檻の中に閉じ込められていく。
「みんな、離れるっす!」
「ホーリーシールド」
思川さんの掛け声に、周囲を取り囲んでいた全員が後退する。百花から千花さんを託された十六夜も、俺のところまで駆けてくるとシールドを展開させた。
それとほぼ同時に、氷の檻は大爆発を起こして砕け散った。氷の欠片はバラバラと高速で周囲に飛び散り、十六夜のシールドにも弾丸のように数十個が叩きつけられる。
大地は抉れ、氷の檻があった場所には、炎の小さな塊がいくつか残っているだけとなった。
「やった…のか?」
「九十九さん、それフラグですよ!」
十六夜の言葉の方がフラグだったのではないだろうか。十六夜がそう言った途端に、小さな塊は一か所に集まり始め、一つの塊へと姿を変える。それはさらに、俺たちの周囲を取り囲んでいた炎を吸収すると、徐々に巨大な塊へと代わり、再び先ほどと同じ姿を取り戻してしまった。
「結構良い手が決まったと思ったんすけどね。倒し切れねえっすか」
「それで…終わりか? なら……死ね」
炎神は両手を前へ突き出すと、そこから赤黒い炎を放射する。その炎は周囲の酸素を喰らい尽くし、巨大な炎の渦となって思川さんに襲い掛かる。
「ストーンキャッスル、ストーンウォール、ホワイトアウト」
目前に迫る炎の渦に対して、思川さんは連続して魔法を発動させる。
地響きと共に岩でできた砦が出現し、思川さんを取り込んだ。さらに砦を取り囲むように半円状の岩の壁が構築された。その建造物を、猛烈な吹雪が覆い隠す。
炎の渦は吹雪によって威力を殺されるが、そのまま岩の壁に直撃する。岩は真っ赤になりながら炎に耐えるが、数秒の攻防の後にどろりと溶け落ちる。岩の壁を突破した炎は、吹雪を吹き飛ばしながら砦へと到達すると、その全体を包み込む巨大な渦と化した。わずか数秒で岩の壁を溶かした炎だ。全体を包み込まれては、思川さん諸共跡形も残らないかもしれない。
「水遁・水縛陣」
「アイシングバレッド」
思川さんが前面で攻撃を受ける隙に、百花と所長さんが側面から襲い掛かる。百花の発生させた水流は炎神に纏わりつくように襲い掛かるが、その直前に蒸発していく。しかし、その水流を所長さんの撃ち込んだ弾丸が冷気を発生させて凍り付かせていく。
いたちごっこのように、凍っては溶かしが繰り返されるが、そのおかげで思川さんに向かって放射されていた炎は治まっていた。
岩の砦はほぼ炭とかしていたが、どうにかその主を護り切ったようである。ボロリと崩れ落ちた岩の砦の中から、思川さんが姿を現した。
真っ白な白衣は面影も無く、あちこち焦げ目や隅で黒く染まってしまっていた。そして、ダメージは白衣の汚れだけでは無かったようである。悠然と仁王立ちしていたはずの彼女は、ぐらりと体を揺らし、そのままその場に倒れ込んでしまった。
「ホーリーヒール」
十六夜はシールドの中から回復魔法を思川さんにかけるが、彼女は一向に起き上がる気配が無い。
「な、なんで!」
思川さんに外傷は見られない。炎神の攻撃はほぼ完全に凌いだ。実質ダメージはほとんど負っていないはずだ。それなのに、彼女はピクリとも動かない。もしかしたら……
「し、死んだ?」
『いやいや、勝手に殺さないで欲しいっす』
「え?」
なぜか思川さんの声が脳に直接聞こえてくる。やはり、天に召されてしまったのか。あんな変な人でも、いなくなったら悲しいものである。
『だから、死んでねえっす。これは、テレパスっていう魔法っすよ。大きな声も出せないんで、テレパスを使用してるっす』
「十六夜にも聞こえるか?」
「え? な、何がですか?」
十六夜は、思川さんが回復しないことに焦りを感じており、俺の話どころでは無いようだ。
『んじゃ、おっぱいでも揉んでみたらどうっすか?』
「冗談言ってる場合ですか! どうして思川さんは動けないんですか?」
『ノリ悪いっすね。まあ、簡単に言えば熱中症っす。さっきの炎で蒸し焼きにされたんすよ。だから、体力と外部損傷を治療するホーリーヒールじゃ効果無いんす』
十六夜の治療魔法って、ヒールしか見た事無かったけど、確かにゲームとかだと解毒とか解呪とか治療の種類はいろいろあったな。
つまり思川さんは、状態異常で動けなくなっているって事なのだろうか?
『そうっす。でも、熱中症を治療する魔法、なんてえのはねえっすからね。できれば、笠間さんにそっちまで引っ張ってってもらいたいんすけど』
「飛翔の魔法では無理なんですか?」
『霊力切れっす。さっきの魔法、燃費悪いんすよ』
万能に見えても、霊力切れには敵わないようだ。魔法を使えなければ、あの人の価値は地に落ちたも同然だ。回収する必要、ある?
『な~に言ってんすか! あたしの真の価値は、この頭脳っすよ。魔法なんておまけみたいなもんす!』
「はいはい、わかりました。十六夜さんや、思川さんは熱中症で動けないそうなので、こっちに引っ張って来てもらえませんか?」
「え? え? どういうこと? 熱中症?」
「いや、今思川さんが魔法で通信を……」
「思川さんの魔法? 九十九さんに魔法使って、大丈夫なんですか?」
そう言われて、俺は戦慄した。魔法を使用されたことによるあの激痛と恐怖が、またやって来るのか!
『いやいや、この魔法は大丈夫っすよ? 和泉さんの呪いは、全身をめぐる霊力を食い尽くす物っす。この魔法は、微細な霊力で脳に言葉を伝えるだけのものっすから、呪いは感知しないはずっす』
つまり、全身に霊力を循環させなければ魔法が使えるって事?じゃあ、十六夜の回復魔法も上手く使えば、呪いが発動しない?
『説明は後でするんで、とりあえず回収おねしゃす』
「い、十六夜。とりあえず思川さん引っ張って来て」
「りょ、了解です」
十六夜はパタパタと駆け出して、思川さんの元に到着すると、彼女の足を持って引きずってくる。確かに引っ張って来てくれとは言ったけど、持つところを考えてあげてくれ。めっちゃ頭引きずってんじゃん。
『ちょちょ! それ笠間さんに言ってくださいっす。頭めっちゃ痛いっす。あたしの頭脳はこの国の宝っすよ!』
そうこう言ってる間に、十六夜が戻って来た。白衣は煤だらけの上に泥だらけになってしまったが、どうやら国の宝は無事のようである。
『ばっか! 頭ガンガンしてたのが、ズキズキまでマシマシでクラックラっすよ!』
「そんな事より、俺の治療について詳しく。早くしないと、俺死んじゃう」
まさに死活問題である。ツッコみでどうにか意識を保っていたが、もういつ意識が飛んでもおかしくない。きっとこれ、意識飛んだらもう戻って来れないやつだ。
『できれば、あたしの首筋と脇の下に氷を。後、水分をくださいっす』
「いや、俺たちそういった便利魔法使えないんで」
そう言った瞬間に、上空から氷の山が降り注ぐ。十六夜のシールドを無視して内側にだ。大量の氷は思川さんの全身をあっという間に包み込んだ。
『ちょいちょ~い! 浅間さん、加減、加減してくださいっす!』
先ほどから炎神の周辺で発生していた氷の一部を、サークルチェンジで移動させたのか。どうやら百花にもテレパスで通信を行っていたらしい。百花は百花で万能だったな。
『めっちゃ冷たいっす。このままじゃ凍死するっす。笠間さんに取ってもらって欲しいっす』
「百花、せめて呼吸ができるようにしてあげて」
「ぶ~、アタシ、思川さんの保護者じゃないんですよ!」
ぶーぶー言いながらも氷を取り除いてあげる辺り、十六夜は良い奴だと思うよ。しかし、顔だけ氷から出ていると、死体を保存してるみたいで嫌な画だな。
『アホな事言ってないで、とっとと和泉君治療大実験、ぽっくりもあるかもよ! を始めるっす』
もう不安なタイトルにしか聞こえないんだけど、本当にぽっくりとかないよね?
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