第88話
九十九さんたちが飛び降りた後、アタシたちを乗せた車は山頂を目指して上空を駆けていく。九十九さんと別れたのは不本意だが、今回の作戦で活躍して、アタシの事を不人気キャラとか言う人たちに目に物見せてやるんだ。
そう思いはするものの、やはり千花さんの安全が第一。無事に奪還できるように、思川さんの指示には従わなくちゃいけないよね。
「もうすぐ山頂に到着するっす。不可視化の魔法をかけるので、窓から顔出したりしないでくださいね」
思川さんの魔法は、本当に多彩だと思う。攻撃魔法だけじゃなくて、こうやって支援魔法も使いこなせるんだから。どこかの名前だけ賢者とは大違いだと思う。本当にね。
思川さんが不可視化の魔法を使用してすぐに、目的地らしき建物が見えてくる。石造りの平屋だが、教会やお寺とは趣が違う造りになっている。
入り口と思われる場所には篝火が焚かれており、その周りに二人の男が立っていた。男たちの服装は先ほど襲撃してきた連中と同じ物なので、ここが彼らの言っていた祭壇なのだろう。車はゆっくりと下降し、建物の横に停車した。
「この大きさなら、どうせ正門から入ってすぐ祭壇があるんじゃねっすか?」
「別の入り口を探すです?」
「んにゃ。正面から堂々と入るっす。でもその前に、あれを捕まえるっすよ!」
そう言って思川さんが指差したのは、黒くもぞもぞ動く物体。何あれ、絶対触りたくないよ!
「思川さん、まだお腹空いてるです? 丸焼きだと臭みが強くておいしくないです」
百花さん、あれが何だかわかるんですか?っていうか、食べ物なんですかあれ。
「さすが忍者っすね。いくらあたしでも、タヌキなんか食わねっすよ」
「なんかってなんです? ボクたちの里では、よく鍋にして食べてたですよ」
ああ、あの黒い物体、タヌキなんだ。思川さん、本当にタヌキなんか捕まえてどうするんですか?
「あれを捕まえて、千花さんの身代わりにするっす」
「あれに幻影を使うってことです?」
「そっすそっす。炎神の残滓を抜き出してもらった後、サークルチェンジで入れ替えるっす」
アタシたち、この人に自分の職業やスキルの話をした事無いのに、どうして使い方まで詳細に知ってるの?
「そ・れ・は、あたしが賢者だからっす!」
賢者って言葉、便利に使い過ぎじゃないですか?なんて考えているうちに、百花さんがタヌキを捕まえてきた。足はしっかりと長い棒にくくられており、いつでも丸焼きにできるようになっている。
「浅間さん、いつものギャグボール噛ませてくんねっすか?」
「ぎゃ、ギャグボールなんて持ってないです。ボクが使ってるのは、一般的な猿轡です!」
一般的な猿轡とは?九十九さん、ごめんなさい。この二人が相手だと、アタシほとんど空気です。しかも、作戦で全く必要とされてません。これなら、九十九さんと一緒に居た方が良かったですよぉ。
「とりあえず、スリープで寝かしておくっす。さてさて、それではそろそろ突入のお時間っすよ」
思川さんはタヌキを魔法で眠らせ、アタシたちに不可視化の魔法をかけてくれた。これで敵に見つかる心配も無い。なんだかすごく簡単に目標達成できそうな気がしてきた。
思川さんが先頭で、アタシたちは建物に突入する。入り口に立っていた見張りの人たちをスルーして中に入ると、思川さんの見立て通り、すぐに祭壇が目に入った。
部屋は円形状に設計されており、中心部分には木造のごつい男の人の像。おそらくご神体が置かれている。それを取り囲むように、二十人近い男の人たりが跪いている。
「皆、待たせた」
部屋の奥から一人の中年男性が歩いて来る。彼の手には、轟轟と燃え上がる大きな松明が握られていた。
「これより、炎神様復活の儀式を始める。まず、今日まで炎神様の御霊を育んでくださった聖母様をここに」
松明を持った男がそう告げると、男が歩いてきた方角から、少女をお姫様抱っこで抱えた男が入ってくる。あの女の子は、間違えなく千花さんだ。
千花さんを抱えた男は、ご神体の前に千花さんを横たえると、来た道を戻って部屋の奥に消えて行った。
「浅間さん、この子を幻影で、今の千花さんと同じ姿にするっすよ」
「はい。幻影」
百花さんが持っていたタヌキが、千花さんへと姿を変える。小さな棒に手足が縛れれている千花さんの姿は、実にシュールだ。
「炎神様の双剣をここに」
その声にあわせて、先ほどの男の人が二本の剣を抱えて戻って来た。男の人は千花さんの横に立つと、持って来た二本の剣を高らかと掲げて見せた。周囲の男たちは、それを見て歓声を上げる。
「我らが主神たる炎の神よ。今再び顕現し、我らをお導き下さいませ」
松明を持った男がそう告げると、松明の炎が浮かび上がり、千花さんの上をくるくると回り始める。しばらく動き回った炎は、千花さんのお腹の上辺りで動きを止めた。すると、千花さんの体から赤く揺らめく煙が立ち上り、上空の炎に吸収されていく。
「浅間さん、あたしが合図したら、サークルチェンジで千花さんとこの子を入れ替えてくださいっす」
「わかったです」
もうすぐ終わる。そう思うと、手に力が入る。
千花さんの体から溢れ出す煙を吸収するごとに、炎は大きさを増していく。その大きさが千花さんと同程度程膨れ上がると、煙は治まってしまった。
「聖母様に治療の儀式を施した後、炎神様にご降臨いただく。準備を」
「浅間さん、治療の儀式ってのがやばそうだったら、すぐにサークルチェンジっす」
思川さんは、炎神の連中を全く信頼していない。確かに、闇ギルドが施す治療なんて、信頼できないのもわかる。九十九さんにも呪術を施した連中なんだから。
部屋の奥から、また別の人が入ってくる。手には桜色に輝く光の玉が持たれている。
「あれ、生命力じゃないですか?」
「なるほど。じゃあ、和泉君の呪いも、あれを使えば……浅間さん、あれなら呪いの類はないはずっす。もう少し様子見ましょう」
男は、千花さんの横で跪くと、一礼してから彼女のお腹の上に光の玉を乗せる。それは拒絶される事無く、千花さんの体の中へと吸い込まれていった。
「よし、今っす!」
「サークルチェンジ」
千花さんの様子だけを見ていたアタシには、一瞬千花さんの体がぶれたように見えた。だが、跪いている男たちの中に、その違和感に気付く者はいなかったようだ。
百花さんの方を見ると、彼女は千花さんの体を大事そうに抱きしめていた。
「うぅ、千花……千花」
「じゃ、儀式が終わる前に撤収するっす」
今にも泣き出しそうな百花さんの肩に手を置いて、思川さんが立ち上がった。この後はとうとう炎神が復活する。少しでも早く九十九さんのところに戻ってあげないと。
アタシたちは足音を立てない様に、ゆっくりと歩きながら祭壇を後にする。後ろでは、炎神復活の儀式が始まったようだ。
「我らが主神、炎神よ。今こそその御姿をお見せください」
ちらりと後ろを向くと、先ほど膨れ上がった炎の塊が、双剣に吸収されていく。いつしかその剣は宙を舞い、徐々にその形状を人型へと変えていった。あの時神楽坂って言う人と同化した時よりも、怖いというか、禍々しいというか、危険な感じがした。
なんでか、早く逃げないといけない気がする。
外に出ると、すぐに車に飛び乗った。
「思川さん、さっきの、以前見た時よりもやばい感じがします」
「やばい感じっすか? う~ん、あたしは今日が初見なんで何とも言えねっすけど、急いで逃げた方が良さそうっすね」
そう言って、思川さんは車に飛翔の魔法をかける。エンジンをかける事無く動き出した車は、すぐに上空に飛び出した。
これで作戦終了だ。アタシ、魔法すら使ってないのに。本当に何のためにこっちのグループに来たんだろうね。
「千花、大丈夫ですか? 千花?」
アタシの悲しみを横に、百花さんは千花さんに声をかけ続けている。
ポタポタと、千花さんの顔に熱い滴が落ちていく。それは彼女の頬を伝って、百花さんの膝の上に落ちていく。
まるでその滴が目覚ましになったように、千花さんの瞼がピクリと動いた。
「千花、起きて欲しいです。お願いです、千花!」
「……モモ、姉様、ですの?」
少し擦れた声で、千花さんがそう言ったのが聞こえた。
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