第56話
その日のお昼休み、アタシたちは屋上に集合していた。大変心苦しかったが、今日は九十九さんには遠慮してもらっている。
「アタシ、やっぱり九十九さんの隣には、赤城さんみたいな普通の子がいる方が良いと思うんです」
この言葉を、どうしても二人に伝えたかった。
赤城さんは九十九さんが好きだ。きっと、九十九さんも彼女に惹かれている。だったら、このタイミングでワーカーを辞めて、普通の高校生に戻ってもらった方が良いはずなんだ。
「出たです。重い女の重い気持ちの押しつけです」
百花さんになんと言われても、アタシの気持ちは変わらない。
だって、アタシを救ってくれたあの人には、アタシの大切なあの人には、本当に幸せになってもらいたいんだから。
「それが重い気持ちの押しつけです。どうせなら漬物でも漬けててほしいです」
「おっぱいが大きいと、発想も重くなるの?」
「むむ、その可能性はあるです」
できればこの人たちにも、九十九さんから距離をとってもらいたい。そうすれば、九十九さんはもう、危険な思いも、辛い思いもしなくて済むんだから。
「ボクは、九十九クンから離れるつもりはないです。それに、赤城さんにも負けるつもりはありません」
「私も、もう絶対側から離れない」
二人は、あの人を巻き込んだ責任が無いからそんなことが言えるんだ。
だったら、アタシが責任を果たさなければいけない。九十九さんが自由に生きられるように。九十九さんが苦しまなくていいように。九十九さんが、辛い思いをしなくてもいいように。
「だったら、決闘をしましょう。アタシが勝ったら、お二人は今後、九十九さんに近づかないでください」
「本当に、十六夜ちゃんの愛は重いです」
「この戦いに勝ったら、つっくんと結婚して良いの?」
「澪さん、それ死亡フラグっぽいです」
昔は、一人で戦いたくて仕方なかった。でも、今は違う。あの人と出会って、誰かと不足を補い合うということを知った。きっと、アタシ一人ではこの二人に勝つことはできない。
「それでも、戦いますよ」
「じゃあ、ボクたちが勝ったら、十六夜ちゃんは九十九クンに思いの丈をぶちまけてもらうです」
「私が勝ったらつっくんと結婚するよ? 二人にも絶対に渡さないからね」
「え?」
「結婚式かぁ。楽しみだなぁ」
どうやら、二対一で戦うことはなくなったみたい。これなら、勝てるかもしれない。
「一気に終わらせてあげる。桜観斬月流剣術・奥義が三……桜花乱撃!」
開幕早々、澪さんの奥義が放たれる。以前見たことがあるが、あの攻撃は普段の技とはケタが違い過ぎる。前後左右上下に至るまで、無数の刃が飛び出して周囲を薙ぎ払う。
「ホーリーシールド」
アタシのシールドも、この斬撃を全て防ぎきる自信は無い。必死にシールドに霊力を流し込むが、どこまでもつだろうか。
「分身」
澪さんの攻撃に対して、百花さんは無数の短剣を投げつけて応戦しているが、その全てが相殺されている。
「澪さん、甘いです。水遁・水縛陣」
百花さんの体から大量の水流が発生し、澪さんの体を拘束しようと襲い掛かる。それに対して、澪さんの斬撃は休むことなく放たれ続け、水流を斬り続けている。
二人の攻防に、アタシだけ加われていない。以前のアタシだったら、すごく悔しがったかもしれない。でも今は、自分の役割をしっかりわかっている。
護り続けて、最後まで立っていればいいのだ。
幸い、澪さんの斬撃は百花さんの攻撃を迎撃するために割かれているので、こちらへの攻撃はほとんど無い。まだまだシールドはもつはずだ。
「百花はいつもずるいよ。つっくんとちゅーするし、つっくんにおっぱい揉んでもらうし!」
「ちょ、澪さん。こんな時に何言ってるです」
「それに、つっくんに『愛してる』って言ってもらったって言ってた! 私はつっくんとずっと一緒にいたのに、ちゅーしたこともないんだよ!」
本来は、こちらが澪さんの素の姿なのかもしれない。それを、九十九さんに好かれるために、口数を少なくして、大人しい女の子を演じている。
「別に好きなタイプって言われたのは、ボクのせいじゃないです。ちゅ、キスだって、仕方なくしただけです。胸を触られたのは、完全に九十九クンが悪いです」
「でもほっぺにちゅーしてたじゃん!」
「あ、あれはただのお礼です」
百花さんは本当に自由な人だ。感情表現が豊かだし、好きな人への接し方も積極的だ。それだけあの人の事を思っているんだろう。
「今度は私がつっくんにちゅーするんだから! 桜観斬月流剣術・奥義が五……
「今です! サークルチェンジ」
澪さんの刀から巨大な斬撃が放たれたのを見送った瞬間、視界が切り替わった。先ほど百花さんに対して放たれていたはずのそれが、目の前に迫っていた。
これは、百花さんとアタシの位置を入れ替えられた?
シールドに霊力を限界まで流し込んだが、それは簡単に砕けてしまい、アタシのお腹に、殴りつけられたような衝撃が走った。
「重い女はそこで寝てるです。ボクは、あそこの暴走女を仕留めてくるです」
出血はしていないけど、直撃を受けたお腹に、鈍い痛みがある。体に力を入れようとするだけで、全身にその痛みが伝播されていくようだ。
「水遁・双水龍、分身」
百花さんから放たれた双頭の龍が、突如その数を5つに増殖させて澪さんに襲い掛かった。
奥義を連続で使用した澪さんの体力はかなり疲弊しているらしく、再び奥義を使用することはできないようだ。足取りがおぼつかないまま、それでも水龍を刀でいなしていく。
「ホーリーヒール」
残った霊力を使って、治療を行う。まだ鈍痛は残っているが、どうにか立ち上がることはできそうだ。
「水遁・水爆」
「きゃ!」
低く響く爆発音と、澪さんの悲鳴が聞こえた。どうやら向こうは決着が着いてしまったらしい。澪さんを圧倒するほど強い百花さんに、この体でどこまで戦えるだろうか?
「あらら。もう動けるようになったです? 寝てればこれ以上痛い思いはしなくて済んだのに」
百花さんがゆっくりと歩み寄って来る。先ほどの治療で、霊力は無くなってしまった。殴り合いも、今のステータスでは百花さんの相手にもならない。
「いやですね。重い女はあきらめが悪いです。そのくせ肝心なところはちゃんと伝えられないヘタレです。それなら、ずっと我慢して腐ってればいいんです」
「…我慢?」
我慢なんて、物心ついた時からずっとしてきた。どんなにバカにされても、どんなに蔑まれても、自分がやりたいことが出来なくても、ずっとずっと我慢してきた。それでも……
「九十九さんは、ずっと我慢してきたアタシを助けてくれた。だから、今度はアタシがあの人を自由にしてあげたいの! それの何がいけないの?」
「それは、十六夜さんの独りよがりだからです。ちゃんと、九十九クンの気持ちを聞くべきです」
「九十九さんは辛い思いをしてるって言ってた。それは、それは全部アタシが原因なの。だから、聞けるわけないじゃないですか! アタシのせいで辛い思いをしてるなんて言われたら、もうあの人の側になんていられない」
「だから、自分から身を引くんです?」
「九十九さんに嫌われたくないの! あの人は、アタシにとって大切な人だから。傷ついて欲しくないの、辛い顔をして欲しくないの! 幸せに、なって欲しいの! だって、だってアタシは……和泉九十九が、大好きだから!」
すごく、すごく恥ずかしいことを大声で言った気がする。なんでこんなことを言ってしまったんだろう。百花さんに『我慢して腐ってろ』なんて言われたから、つい感情が爆発してしまった。
「なんかよくわからないけど、ありがとうって言えばいいのかな?」
「へ?」
良く知った声が、背後から聞こえる。目の前の百花さんはしたり顔で笑っている。
恥ずかしくて、振り返れないんですけど……
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