第55話


 枕が変わると眠れない。そんな話を良く聞くが、俺は結構どこでも寝られる。今日に限っては、完全に熟睡してしまったようだ。


 アロマキャンドルとか焚いて寝る人の気持ちがわかるわ。なんかいい匂いするとリラックス効果すごいわ~。



 とりあえず時間を確認しようとスマホを見ると、メッセの通知が38件入っていた。恐ろしい事に、その内36件が澪からで、朝5時半から10分おきに起床を確認するメッセージが入っていた。しかも『おはよう』『まだ寝てるの?』『早く起きて!』などなど、全て一言メッセージである。スヌーズ機能の目覚ましか!


 百花からのメッセージが1件。十六夜は教会に帰らないで、百花の家から直接学校に行くという業務連絡だ。『P.S.十六夜ちゃんの下着はお持ち帰りしちゃダメです』というのは、そういうフリなのだろうか?


 最後の1件は、赤城さんからだった。『先日はお世話になりました。またどこかで会えたら、声をかけて良いですか?』ですって。38件の中で一番まともで感動したよ。


 全てのメッセを既読スルーして、俺は慣れない通学路を歩く。時間はいつもとあまり変わらないはずなのだが、登校する生徒の顔ぶれが違うというのは新鮮だ。


「せ、先輩。おは、おはようございます」


もう少し歩くといつもの道に入るな、そう思っていると、突然背後から声をかけられる。先輩なんて呼ばれるのは、実に1年ぶりくらいである。


「おはよう」


 あいさつを返しながら振り向くと、そこには女神様……基、赤城さやかさんがご降臨なされた。さっきのメッセで、声をかけて良いですか、なんて書いてあったが、まさか本当に向こうから声をかけてくれるとは思わなかった。


「あ、あの。もし良かったら、一緒に学校まで行っても良いですか?」


 とても光栄なのだが、これは困ったぞ。最近俺は、女子を侍らせて調子に乗ってる変態クソ野郎扱いをされている。今さらどうしようもないので、俺は構わないのだが、女神様のように神々しい赤城さんにまでそんな視線を向けられるのはいかがなものか。


「俺と一緒にいると、変な目で見られるかもよ?」

「わ、私は、先輩と一緒に居られるなら、どんな目で見られても構いませんよ?」


 女神か!ああ、女神様だった。俺はもう、眩しくて彼女を直視できないよ。


「そ、それじゃあ、一緒に行こうか」

「はい」


 登校がこんなに幸せなのは初めてだ。赤城さんとの会話を楽しみながら、幸せな時間を噛みしめる俺。でも知っている。俺の幸せが長続きしないことを。


 突然背後から、『ドドドド!』という効果音を背負っているかのような足音が近づいてくる。この音は、きっと俺を地獄へ突き落すんだろう。なら俺は、ギリギリまでこの天国に居座ってやろう。


「はいはい、失礼するです!」

「回収」

「ぎゃああぁぁ」


 百花と澪に両腕をホールドされ、抗うこともできずに、俺は天国から引きはがされてしまうのであった。最後に見た赤城さんの後ろには、にやりと不敵な笑みを浮かべた十六夜の姿があった。


「しくしく。どうしてみんなは、俺の幸せな時間を取り上げるの?」


 美少女二人に引きずられるという、意味の分からない状態のまま、俺は涙ながらの講義をする。


「あれれ? 九十九クンはボクの事が好きなんですよね? だったら、ボクと一緒に居るのが一番幸せなはずです」


 何その俺も知らない設定!


「それなのに、どうして別の女の子と仲良く登校してるです?」


 怖い!表情というより、全身に纏ったプレッシャーが恐ろしい。どうして俺が浮気野郎みたいな感じになってるんですか?


「昨日電話で言ったです。『俺は百花の事が好きだ』って」

「言ってないよね。なんで俺が熱い告白をしたみたいな感じになってるの?」

「ぼ、ボクの事は遊びだったんです?」

「九十九、サイテー」


やめてよね!赤城さんに聞かれたらどうしてくれるんだよ。


「大丈夫。聞こえるように言ってるです」


 何が大丈夫なんですか?周囲の視線がとんでもなく悲惨な事になってるし。ただ赤城さんの視線だけが、俺の事を心配してくれているようだった。





 夕べの女子会では、実りのある話は一切できなかった。そんな矢先に、あの人はまたデレデレとした顔で赤城さんと一緒に歩いていた。本当にあの人は、どうしてこうもタイミングが悪いんだろう。


「百花、排除しよう」

「え? どっちをです?」

「もちろん、泥棒猫」


 やめてやめて。その排除って、物理的にですよね?せめて排除するのは九十九さんの方にして下さい。


「ダメです、澪さん。ここは、九十九クンの周りには、ボクたち以外の女子が寄り付かないように対処した方が良いです」

「なるほど」


 それは九十九さんのためになるのかな?アタシたちが近くに居ない方が、よっぽど幸せになるんじゃないかな?そんな思いも過ったが、あのデレデレした顔を見ていたら吹き飛んでしまった。


 アタシのベッドで寝てたくせに、アタシの下着を漁ってたくせに、どうして他の女にデレデレしてるんですか。


 三人でうなずき合い、アタシたちはあの変態に天誅を下すべく、行動を起こす。まず澪さんと百花さんがあの人に突撃して、二人を引きはがす。そこですかさず、百花さんが爆弾を投下した。


「ぼ、ボクの事は遊びだったんです?」

「九十九、サイテー」


 周囲の人たちは、生ごみでも見るような視線を九十九さんに向けている。よしよし、良い感じだ。さて、赤城さんの様子は……


「い、和泉さん。大丈夫かな」


 あの百花さんの熱演が効いていない、だと。さりげなくあの人の事心配してるし、なんて良い子なんだ。この子なら、本当に和泉さんを普通に幸せにしてくれるかも。


 いやいや、ダメだ。こんな良い子にあんな変態を近づけるなんて。ここはアタシも熱演するしかない!


「さやかさん、おはようございます」

「え、あ、笠間さん。おはようございます」

「今の、九十九さんですか?」

「はい。急にあの人たちにさらわれて」


 確かに、冷静に見ていればそう見えるよね。アタシもその一員だと思うと、少し心が痛いです。


「あの女の人、九十九さんの彼女さんですかね? もう一人女の人がいたみたいだけど」

「もしかして、あの人たちに嫌がらせされているんでしょうか?」


 どうしてそう思っちゃったの?今の流れでそんな結論にならないんじゃ……


「昨日、和泉さんが言ってました。最近辛い思いをしてるって」


 そうか。確かにあの人、赤城さんにその話をしてたな。アタシたちには話してくれなかった、あの人の気持ちを。


本当は、その原因は全部アタシなんだ。


「さやかさんは、九十九さんの事が、好き、なんですか?」

「え……は、はい」


 彼女は、アタシの目を見てはっきりとそう言った。この人は、本当に和泉九十九が好きなんだな。きっと、今のアタシでは勝てないよ。


「だから、笠間さんには負けませんよ」

「……」


 今負けを認めたばかりなのに、さやかさんから宣戦布告を受けてしまった。


 でもきっと、アタシに勝負の場に立つ資格なんてない。


アタシは、彼女の真っ直ぐな視線を受けることができない。


だから、そっと目を逸らしてしまう。






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