第57話


 昼休み、なぜか百花から、今日のお昼は教室で食べるように言われた。


「お詫びに、ボクの愛情たっぷり手作り弁当を進呈するです」

「すごい重たい弁当だな」

「ボクたちは、もっと重い子を躾けてくるです。それから、赤城さやかさんとの接触は、絶対、絶対に禁止です」


 どれだけ禁止するんだよ。そんなにほいほいエンカウントしないって。だってあの子、女神様だぜ?


 とりあえず、お昼は祐樹と一緒に食べるか。そういえばこいつ、最近はお昼どうしてたんだろうか?


「九十九がいない時は、別の奴と食べてたよ」


 良かった。便所飯とかだったら申し訳なさすぎる。俺の親友に、俺以外の交友関係があって良かったよ。本当に。


「うげ!」


 蓋を開けた瞬間、変な声が出た。だって、白米が見えないほど桜デンブが乱舞して、大小のハートが無数に描かれている。その中心に海苔で『LOVE』という文字がでかでかと描かれている。そして、それ以外におかずは無し。


 ひどい嫌がらせだ。桜デンブと海苔と愛情?だけの羞恥弁当なんて、教室でゆっくりと食べられないぞ。


「九十九~、それ、誰が作ったの~」

「じ、自作です」

「………自分大好きかよ」


 祐樹が引くレベルの弁当だった。百花、お前の考えていることが、俺にはわからないよ。


「そういえば、昨日の女の子とはどうだった~?」

「どうって、一緒にお茶しただけだよ。助けたお礼だってさ」


 俺がそう言うと、祐樹はつまらなそうな表情を浮かべる。


「なんだよ~、ああいう子、九十九昔から好きだったじゃん。二人がくっつけば、十六夜ちゃんは完全フリーになるのにな~」


 なるほど、そういうことね。とは言っても、現状だって十六夜は完全にフリーだ。俺に懐いてはいると思うけど、そういう関係では無い。赤城さんだって、女神様みたいな存在なんだから、俺みたいのが付き合える存在ではないぞ。


「俺、昨日辺りから十六夜に避けられてるんだよね。なんかした覚えもないんだけど」


 何かしたのは、夕べだけである。


「バカだな~。それ、ただのヤキモチだろ~」


 百花も昨日そんなこと言ってたな。お兄ちゃんが別の人に甘えられて、妹がヤキモチ焼いてるって感じなのかな?赤城さんと同じクラスだって言ってたし。


「おい、和泉このクソ野郎! お客さんだぞ死ね!」


 おかしい、その呼び方は絶対おかしいよ。お客が来てるのになんで死ねなの?


 クラスメイトの陽気な呼び出しに応じて、俺は廊下に出た。お客様は、女神様だった。


「お食事中にすいません、和泉先輩」

「いやいや、こちらこそ、うちのクラスメイトがごめんね」


 運動部で声も体もでかい奴だったからな。怖い思いをさせたかも知れない。


「それで、どうかした?」

「はい、あの、ですね。友だちが、彼氏と行く予定で遊園地のカップル限定ペアチケットを買ったんですけど、行く直前で別れちゃって。そのチケットをもらったんです」

「なんか、使いにくいチケットだね」


 もったいないのはわかるけど、よく友人に差し上げる気になったねその子。しかもカップル限定だと相手が限られるから使いにくいよな。


「それで、この前助けてもらったお礼に、私と一緒に行ってもらえませんか?」

「カップル限定って、俺なんかと一緒でいいの?」


 なんで俺が女神様と遊園地に?そんなん罰が当たりそうなんですけど、大丈夫かな?


「先輩が嫌なら、別の人にチケットあげちゃいます。嫌、ですか?」


 ずっるい、その誘い方は絶対ずるいよ。そんな上目遣いでウルウルされたら、断れるわけないじゃん!


「じゃ、じゃあ、いつにしようか?」

「行ってくれるんですか!」

「う、うん」


 興味は全く無いのだが、女神様のお願いを、断るわけにもいかないよね。


 日程を確認しようとしてスマホを取り出すと、狙ったタイミングで着信が入る。画面には『所長さん』と表示されていた。嫌な予感がするぞ。


「ごめん、バイト先から電話だ。日程は、またメッセで相談しよう」

「わかりました。楽しみにしてますね」


 名残惜しいが、赤城さんと別れて電話に出ると、随分と慌てた口調の所長さんの声が聞こえた。


『和泉さん、今学校の屋上周辺で、ワーカーが強力な霊力を使用しているようなのですが、何かご存知ではありませんか?』

「屋上ですか? 今自分の教室に居るので、急いで確認します」

『申し訳ありません。よろしくお願いします』


 屋上には、たぶん三人がいるはずだ。もしまた闇ギルドの連中が現れていたんだったら、皆が危ない。


 校内であることも気にせず、職業を変更して屋上へと駆ける。どうか無事でいてくれよ。



 大慌てで駆けてきたが、屋上では十六夜と百花が何やら言い争っているだけ。それにしては、遠くで澪が倒れてるし、十六夜はボロボロだ。


 状況を確認しようと、屋上に上がると、百花が手で制止を促すような合図を送って来た。黙って聞いていろ、ということか?


「だから、自分から身を引くんです?」

「九十九さんに嫌われたくないの! あの人は、アタシにとって大切な人だから。傷ついて欲しくないの、辛い顔をして欲しくないの! 幸せに、なって欲しいの! だって、だってアタシは……和泉九十九が、大好きだから!」


 うん、途中からだから全然わからん。映画のラスト五分だけ見せられてるみたい。とりあえず、十六夜が俺の事を大切に思ってくれているということだけは伝わった。お兄ちゃん、泣いちゃうぞ。


「なんかよくわからないけど、ありがとうって言えばいいのかな?」

「へ?」


 なんか十六夜が硬直したね。百花さん、これどうするんです?


「十六夜ちゃん、これでもやもやはすっきりしたです?」

「い~や~!」


 十六夜は膝から崩れ落ちて座り込んでしまう。さらに収集がつかなくなったところ申し訳ないが、所長に連絡をしなければならない。


「屋上で強力な霊力反応があったって所長さんから電話があったんだけど、何があったか説明して?」


 一人元気な百花から事情を聴いたところによると、魔法の訓練をしていたら力加減を間違ったという。俺をハブって訓練?嘘だろそれ。


「訓練で力加減を間違ったそうです」

『そうですか。闇ギルドの襲撃でなくて安心しました。お三方には、結界内で魔法やスキルの行使をする際は、なるべく当支所の訓練所を使うように伝えてください』

「わかりました、ご迷惑おかけして、申し訳ありません」



 電話を切って、お三方を正座させる俺。十六夜は真っ赤な顔してこっちを向こうとしないし、百花はそれを見て笑ってるし、澪は一人だけむくれてる。皆さん、反省してください。


「で?」


 誰かさんの真似をして、腕を組みながらそう言ってみる。しかし、その問いに誰も答えない。


「全く。こんなボロボロになって何やってんだか」

「わひゃあ!」


 頭に付いた埃をとってやろうと、十六夜の頭に手を伸ばしたら、あからさまに拒否られてしまった。お兄ちゃんショックである。


「九十九クン九十九クン、さっきの話、どこら辺から聞いてたです?」


 ウキウキした様子で百花が尋ねてくるのだが、それより先にこの現状を説明しなさいよ。


「これはあれです。愛の暴走です」

「いや~、百花さん、お願い、やめて~」


 いや~、なのは俺なんですけど?一人でわけもわからず心配して走り回って、説明すらまともに聞けないとか。


「それでそれで? 九十九クンは十六夜ちゃんのことどう思ってるです?」

「ああ、さっきの話? 俺にとっても、十六夜も、澪も、百花も、大切な仲間だよ?」

「だ、そうです」

「う~~」


 こりゃダメだ。まともに話す気が無いな。昼休みももうすぐ終わるし、教室に戻るか。


「十六夜ちゃん。今一伝わって無いようです」

「もう勘弁してください。死んじゃいそうです」


 などという会話を背中で聞きながら、俺たちは階段を降りて教室に戻った。


「九十九~、一年生の女子と遊園地行くってマジで~?」


 教室に戻って早々、祐樹に言われて思い出した。そして、こいつに口止めをしておかなかったことを後悔した。


 だって、背後から二人分の殺気が漂って来てるんだもん。






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