第51話
やっちゃったやっちゃったやっちゃった!
何が『で?』なの?バカじゃないのアタシ。ただ九十九さんに今朝の事聞こうと思っただけなのに、なんでこんな高圧的に出ちゃったの?
これじゃ、まともに話なんてできないよ。とりあえず、怒ってるわけじゃないということだけでも伝えないと。
「別に、怒ってませんけど?」
「も、申し訳ありませんでした!」
いや~!九十九さん土下座しちゃったんですけど!なんで?何がいけなかったの?
「十六夜ちゃん、顔が怖いです」
「え?」
どうやら鬼の形相で睨み付けていたらしい。そんな自覚全くなかったのに……
「九十九クン、十六夜ちゃんは今朝の話が聞きたいみたいです」
ありがとうございます、百花さん。これでやっと話が聞けます。
「今朝? なんも怒られることしてな……すいませんでしたあぁ!」
なんで土下座すんの?怒ってないって言ってるじゃん!それとも、アタシが見てないのを良い事に、エロいことでもしてたんじゃ。
「悪い事しちゃったんです?」
百花さん、ナイスアシストです。アタシが聞くと、また威圧しちゃいますからね。
「人助けをしようとして、人前でスキルを…使っちゃった」
なんだ、そんなことか。さやかさんたちが話していたから知ってましたけど、それほど目立ってないみたいだから大丈夫でしょう。いやらしい事でもして、危うくアタシが九十九さんを始末しなきゃいけないのかと心配しましたよ。
「で?」
「え?」
きゃー!もうなんで今日はこんな感じになっちゃうの?助けた後の話を聞きたいだけなのに、今日はとことん素直になれないよ。
「い、十六夜ちゃん。ここはボクに任せるです」
ごめんなさい百花さん。今日はもう、本当にごめんなさい。
「九十九クンが助けたのは、十六夜ちゃんのクラスメイトなんです。その子が九十九クンに一目惚れしちゃったので、十六夜ちゃんはヤキモチ焼いてるです!」
こっちを向いて親指を立てる百花さん。何ドヤ顔でやり切った感出してるんですか。や、ヤキモチなんて、焼いてないですよ!
アタシは、クラスメイトが知り合いを好きになったかもって思って、もやもやしてるだけなんですよ!
だから九十九さん、そんなキラキラした顔でこっちに来ないでください。
「十六夜、ぜひその子を紹介してく…ぐへ」
ああ、ついボディーに一発入れてしまった。でもこれは九十九さんが悪いよね?
結局、まともに会話ができないまま昼休みが終わってしまった。本当は、九十九さんに甘えようと思っていたのに、どうしてこうなってしまったんだろう。
「はぁ」
「あ、あの」
ため息を吐きながら教室に戻ると、アタシの席の近くでさやかさんが待っていた。このタイミングで話をするのは、少し気まずいんだけど。
「どうしました、さやかさん」
「じ、実は、笠間さんに紹介して欲しい人がいて……」
このタイミングでアタシに紹介して欲しい人なんて、一人しかいないよね。アタシが入学式の帰りに九十九さんと仲良くしていたのは、結構な数の人が知っている。だからさやかさんが、アタシたちが知り合いだと知っていてもおかしくは無いのだが。嫌だなぁ、紹介するの。こんな時、九十九さんなら猛ダッシュで逃げ出しそう。
「アタシの知り合いの人ですか?」
アタシがとぼけて見せると、さやかさんは頬を染めて俯いてしまう。くう、可愛いじゃないか。こんな可愛い子をあの変態に紹介するのか。
「そ、その…二年生の、和泉さんって男の人なんですけど」
「九十九さんですか?」
「は、はい!」
一部では、アタシと九十九さんが付き合っていると勘違いしている人もいるらしい。だから、別に断っても良いはずなんだけど。まだ彼女が九十九さんを好きだと決まったわけじゃないし。それに、ただお礼を言いたいって可能性もあるし……
「わかりました。今日は日直の仕事がありますし、九十九さんも放課後はバイトで忙しいので、少し時間を頂いても良いですか?」
「は、はい」
さやかさんの笑顔が眩しい。アタシなんか、きっと引きつったひどい顔をしてるんだろうなぁ。
「ということなので、放課後時間をください」
本日最後の休み時間に、再び百花さんのところを訪れた。度々訪れるアタシに、百花さんはちょっと呆れたような顔をしている。本当にごめんなさい。
「それ、九十九クンも一緒にです?」
「もちろん抜きで」
こんな恥ずかしい話、九十九さんに聞かせられるわけ無い。アタシが一日中もやもやして百花さんに相談してるとか、九十九さんが知ったら絶対にからかうもん。
「何が抜きなの? ピクルス?」
「げ、九十九さん」
そうだった。三人は同じクラスだってことをすっかり忘れてた。九十九さんとここで会うのは、別におかしい事じゃない。
「十六夜、まだ怒ってるの?」
どうやら九十九さんは、アタシが怒っていると勘違いしたままのようだ。困った顔でこちらを見ている九十九さんに、アタシはこれ以上声を掛けられない。
今日のアタシは変だ。いつもなら、抱き着いてさらに困らせてやるところなんだけどな。今は何を言っても八つ当たりをしちゃう。それで九十九さんに嫌われたりしたら嫌だ。
「すいません、次の授業があるので、し、失礼します」
アタシはただ、逃げることしかできなかった。
「百花さんや、俺は何か嫌われるようなことをしたかねえ?」
逃げるように教室へ戻って行った十六夜の背中を見ながら、百花に問いかける。百花は一つ大きなため息を吐くと、俺の肩にポンと手を置いた。
「大丈夫です。今回は、十六夜ちゃんが悪いです」
そうは言っても、ここまで露骨に避けられると、不安になってしまう。十六夜には何度も助けられているし、なんといっても初めてできた大事な仕事仲間だ。できれば今までのような関係に戻りたいと思うのだが。
「放課後、ボクと澪さんが話を聞いておきますから、しばらくそっとしておいてあげてください」
後輩の扱いとか良くわからんし、女子同士の話となればお手上げだな。
なら、これ以上は何も言うまい。百花を信用して後は任せよう。
「や~、九十九と一緒に帰るのってすっげ~久しぶりじゃん」
おそらく二年になって初めて、祐樹と一緒に下校をしている。昔は毎日のようにつるんでいたのだが、十六夜や澪が来てからは全然遊べていなかった。たまには男二人で遊びに行くのも良いものだ。
「え、あ、あの……和泉、九十九さん、ですか?」
校門まで歩いたところで、女子高生集団に囲まれる。何これ?フクロでリンチとか、校舎裏に連行されるとか、この場で社会的に殺されるとか?
炎神の炎に囲まれた時の方が、まだ冷静に周りを見れていた気がするんだけど?
「ひ、人違い……」
「そうだよ~。ちなみに俺は親友の宮田祐樹ね~」
てめえ~!これじゃ知らんぷりして逃げられないじゃん!
「あの、け、今朝は、助けてくれて、あ、ありがとうございました!」
集団の中央で頭を下げた少女を見て、今朝の出来事を思い起こす。お礼を言われるようなことなんて……
「ああ、トラックの時の! でも、よく俺だってわかったね」
あの時は転職していたはずだ。あの時少し声をかけたけど、俺を特定するなんてできないはずなんだけど?
「ウチが見てたんすよ~。センパイがすごい勢いで走りだしてその子助けたとこ~」
最初から見られていた、だと?じゃあキミがこの子のこと助けなさいよ!俺が人前でスキル使ったせいで、十六夜が口聞いてくれないんですけど?
「そうなんだ。元気そうで良かった。それじゃ」
即撤退だ。こんなの十六夜に見られたら、ボディーブローどころの騒ぎではない。下手したら、校門前が血で染まる。
「そ、その…助けていただいたお礼をしたいんです!」
「キミが元気でいることが一番のお礼だよ。それじゃ…ぐへ」
「ま~待てよ。九十九~」
逃げようとする俺の襟首を、祐樹のバカが掴んで離さない。空気読みなさいよ。俺はお前と遊びに行きたいんだよ?
「先輩、これからお時間大丈夫ですか?」
瞳を潤ませ、頬を染めて見上げてくる少女。それを困った顔で見ている俺。そして、成り行きを見守る少女の友人たち。
イエス以外の返答をすれば、俺が悪者だよね。助けを求めるように親友の方を見ると、なぜか親指を立てて満面の笑みである。詰んだ。
「だ、大丈夫…だよ?」
こうして俺は、名も知らぬ少女と放課後デートをすることになってしまった。
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