番外編 笠間十六夜の不安

第50話


 今朝は澪も十六夜も日直、百花は報道部の都合で早く登校しなければいけないということで、久しぶりに一人でゆっくりと登校できている。


美少女に囲まれながら登校するというのは、俺のような小市民にとっては苦行でしかない。俺は目立つのが嫌いなのである。


そもそも、春休みに転職の教会で間違って転職してしまって以来、俺に穏やかな生活が無くなってしまったように思う。たまにはこういうゆったりとした何も無い……


『ギュルルルルル……ガシャーン』


 せめてモノローグの中でくらい、穏やかに過ごさせて欲しかった。


 けたたましいタイヤの擦れる音と、何かがぶつかってガラスが割れる音が背後から聞こえた。先ほど渡って来た信号のあたりだろうか。


 振り向くと、電柱とガードレールにぶつかって車体の半分が潰れている軽トラック。今にも倒れそうな大量の荷台の荷物。事故に驚いてその場で動けなくなっている少女。


 これはあれだね。荷台の大量な荷物が崩れ落ちる瞬間に、少女を颯爽と助ける主人公。そして彼女は主人公に恋をする、的なやつだね。


 しかし世間はそこまで都合良くできていないようで、周囲の人間は、少女以外皆が逃げてしまっていた。なかなか物語のようにはいかないな。


「あ、あぶな~い!」

「きゃああぁ!」


 アホな妄想をしていたら、どうやら本当に荷物が崩れてしまったようだ。


 慌てて職業を『魔拳士』に変更すると、座り込んでしまっている少女に向かって駆ける。いくらステータスで俊敏が上がっているとは言え、このままでは間に合わない。


「瞬動」


 若干躊躇いながらも、スキルを使用して少女を拾い上げる。どうやらこれでもギリギリだったようで、移動が終わってすぐに、背後からガラガラと荷物の崩れ落ちる音が聞こえてきた。


「ふえ~、どうにか間に合った。怪我、しなかった」


 少女をお姫様抱っこで抱えたまま尋ねると、彼女は俺を見たままパクパクと口を動かしている。相当怖かったんだろう。まだ混乱しているようだ。


 彼女をゆっくりと降ろすと、俺はその現場を駆け足で後にした。とりあえず人気のないところに行って職業を戻さないと。高校の制服を着た不審者扱いをされてしまう。





 日直の仕事のせいで、今日は九十九さんたちと一緒に登校できなかった。月に一度の事なのだが、一人で登校するのは少し寂しい。あの人のおかげで、誰かと一緒に何かをすることの楽しさを知ることができたのだ。こうして一人で作業をするのが寂しいと思ってしまうのも、きっとあの人のせい。お昼休みはたくさん甘えてやろう。甘えるのは、後輩の特権なんだ。


 日直の仕事が大体終わる頃に、クラスメイト達がちらほらと登校してきた。教室がにぎやかになると、なんだか安心する。


「さやか~、やっぱり保健室行った方が良いって~」

「だ、大丈夫だよ。ホントに怪我はしてないし。助けて、もらったから」

「あれマジで凄かったよね~。急に目の前から消えたと思ったら、さやか抱えて別のところに居たんだもん」


 クラスメイトの会話が耳に入ってくる。あれは赤城さやかさん、だったかな?どうやら通学途中に、事故に巻き込まれそうになったところを誰かに助けてもらったらしい。


「助けてくれたの、二年の先輩でしょ? ろくな噂聞かないけど、運動神経は良かったんだね~」

「もう、リサったら。せっかく助けてくれたのに、そんな言い方……」

「はいはい。あんたにとっては王子様だもんねぇ~」

「ちょ、ちょっと~」


 王子様かぁ。アタシも、あの時のあの人は、王子様に見えなくもなかったような……


 どうして他人の話で自分が恥ずかしくなってるんだか。それにアタシは、別にあの人の事を好きになったわけじゃないのにな。


「それで、名前なんて言ったっけな~。確か、和泉…きゅうじゅうきゅうさん!」


 随分変わった名前の人だな。きゅうじゅうきゅう、99、九十九……


 どうかこの高校に、『和泉きゅうじゅうきゅう』という人がいますように。



「というわけなんですけど、この学校に『和泉きゅうじゅうきゅう』さんはいますか?」


 休み時間、アタシは百花さんを訪れた。これはただ、こんな変な名前の人がいるのかどうかを確かめたかっただけだ。他意は無いのだ!


「十六夜ちゃん。わかってて言ってるんです?」

「な、何がですか?」

「それ、どう考えても、九十九クンのことです」


 ですよね。そんなの、実は最初からわかってましたよ。


九十九さんが人助けをしたんだから、良い事じゃないか。普段はやる気が無くて、嫌な事からは逃げてばかりのあの人が、誰かから感謝されるのは良い事なのだ。それなのに、アタシはなんでこんなにもやもやした気持ちなんだろう。


百花さんにお礼を言って教室に戻ると、赤城さんたちに視線が行ってしまった。彼女たちはまだ、今朝の話をしているようだ。


「おーい、いざっち。どうしたん?」

「あ、唯香」


 彼女は友部唯香ともべゆいか。中学の頃からの友人で、昔はよく仕事のグチを聞いてもらったりしていた。数少ない、大切な親友である。


「なんだか乙女なラブの波動を察知しましたよ~」

「ちょっと、佐奈ちゃん。いきなり抱き着かないでよ」


 真岡佐奈もおかさなは高校入学後に仲良くなった。今はこの三人でグループになっている。普段は先輩方とお昼を食べたりしているけど、休み時間なんかは話しかけてくれる。大事な友人たちだ。


「そう言えば、さっき赤城さんたちに聞いたんだけど、今朝交差点で大きな事故があったんだってさ」


 唯香、お願いだから今はその話題を振らないで。


「そいでさ、荷物の下敷きになりそうだった所を、うちの高校の先輩が颯爽と助けたんだって。マジドラマかよって感じだよね」

「う~ん。それで赤城さんから、あんなにラブの波動を感じるんですね~」


 やめて~。ラブとか、そんな、バカな!九十九さんだよ?気を抜くとすぐセクハラしてくるような変態なんだよ?そんな人に、ら、ラブとか……


「シチュエーションにやられちゃったんでしょうね~。完全に恋する乙女ですよ~」


 佐奈ちゃんのおかげで、残りの授業には全然集中できなかった。


早くあの人に問いただしたい。問いたださなければ。




「で?」


 昼休み、屋上にやって来るなり十六夜に正座をさせられる俺。で?とか言われても、今日は何にもやましい事なんてないぞ。


「で?」


 いやいや。怖いよ。なんで腕組みながら俺の事睨み付けてるの?


「九十九、十六夜のおっぱい見過ぎ」


澪さん。空気、お願いですからこの空気を読んでください。どうしてこの状況を悪化させようとするんです!


目が合わせられないから、腕で持ち上げられた胸に視線が行くのは、仕方ないことなんですよ!


「で?」


 十六夜も、どこかのバグ女神のように同じことの繰り返しである。ここは最近の癒しキャラ兼、いやらしいキャラの百花さんに助けを求めよう。


「いやらしいとか言われて、助けるわけないです」


 さすが百花。俺の心の中まで読めるのか。校内一の情報通は伊達じゃないな。


 さて、この怒れる少女はどうしたものか。


「い、十六夜さん? とりあえず怒ってる原因を教えてください。謝罪のしようがありません」


 いつもなら、ここら辺でため息一つ吐いて許してくれるのに。今日はどうしたというのだろうか?


「別に、怒ってませんけど?」

「も、申し訳ありませんでした!」


 彼女の迫力に負けて、俺は地面に額をこすりつけることしかできなかった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る