第49話
昨夜死闘を行っていたとは思えないくらい、今朝は普通の朝だった。桜の木の下に美少女三人を放り出して帰ってきた俺は、普段よりは少ないまでも十分な睡眠をとることができた。彼女たちは、良く知らん。所長さんも千花をワーカー専門の病院へ連れて行くと言って早々に撤収していったので、皆もすぐに帰ったと思うのだが……
朝食を済ませ、登校の準備をしていると、ようやく迎えを告げるチャイムが鳴る。玄関を開けると、澪だけではなく、十六夜と百花の姿もあった。なぜか三人とも目の下にクマがあり、疲労が伺えた。
三人を家に入れると、淹れたばかりの熱々のコーヒーを出してやる。澪だけは、ミルクと砂糖たっぷりのカフェオレだ。
「みんな、なんでそんなに眠そうなの?」
コーヒーを渡しながら、ふと思った疑問を口にしたのだが、それがいけなかった。
「誰のせいだと思ってるです!」
口火を切ったのは、百花だった。口調から、どうやら俺がやらかしてしまったらしい。身に覚えはないのだが、百花さんはご立腹だ。
彼女たちは、つい一時間ほど前まで桜の木の下で壮絶な話し合いをしていたそうだ。何かを勘違いしていた十六夜と澪の誤解を解くのに、それだけの時間が必要だったのだと百花は言う。
「アタシの聞き方も悪かったですけど、九十九さんの言い方も悪かったですよ」
「私も、勘違いして百花に迷惑かけた」
ふむふむ。どうやら主犯は俺で、被害者が百花だと。なぜ?
「ごめん、さっぱりわからん」
「では改めて、そこに正座してください」
「はい?」
なぜか再び正座を強要された俺。腕を組んで俺の前に立つ十六夜。昨夜と全く同じ構図である。
「九十九さん、昨日は二回も百花さんと、き、キスをしましたね?」
「う、はい」
何これ。浮気がばれたみたいな感じになってるけど、一回は百花に無理やりされたし、もう一回は不測の事態だったから、しょうがないじゃないか。
「それに、百花さんの胸が大好きだって言ってましたね」
「……十六夜のも、大好きだよ?」
「………それは、どうも」
頬を染めてそっぽを向く十六夜さん。ご機嫌は直ったでしょうか?そろそろ正座が限界なんですけど。
「百花と十六夜のおっぱいばかり。私のを好きにすればいいのに」
顔を背けた十六夜の横に、澪が立つ。十六夜の胸を凝視しているのはなぜでしょうか?
「私と、それほど変わらないと思うけど」
「きゃ!」
澪はそのまま十六夜の胸を鷲掴みにして揉み始める。獲物を得た鷲は、それの感触を確かめるように優しく揉んでいく。十六夜はさらに頬を染めて澪に抵抗するが、澪の手が離れることは無い。
「柔らかさが違う。このふにょんとした感じは、私には無い」
そう言って、今度は自分の胸を確かめるように揉んでいく澪さん。なんで俺は正座させられながら、こんなのを見せられてるの?何かの試練なの?
「百花、ヘルプ!」
「百花のも、確認する」
助けを求めた相手が、澪の餌食になってしまった。澪は高速で百花の後ろに回ると、背後から百花の胸を持ち上げるように揉み始めた。
「や、やめて…九十九クンが、見てるです」
「知ってる。百花の胸が大好きらしいから」
これ、おっぱいは皆平等に大好きですって正直に言ったら、許してもらえるかな?いや、さすがに女子しかいない空間でそんなことは言えないよね。
「九十九クン…見てないで……助けて、欲しいです」
目の前でチラチラと揺れるスカートから覗く太ももとか、制服の裾から時たま見える脇腹とか、頬を染めて恥ずかしがる表情とか、おっぱい以外にも目が奪われてしまう。
「俺の中で今、百花への好感度が爆上がってる」
「ふえぇ…バカなこと言ってないで、助けて……」
なぜか俺の中で、百花がエロキャラに認定されてしまった瞬間であった。
俺たちは、本日二度目の登校をするために校舎を目指す。今日くらい休みたかったのだが、俺たち四人が一緒に休んでは変な誤解を招く、と百花に強く言われたので、しぶしぶ登校しているのだ。
「本当は、こうやって九十九クンと、普通に登校したかっただけなんです」
笑いながらそう言った百花は、本当に嬉しそうだった。
二年以上も大切な人を人質に取られ、いつ殺されるとも知れない恐怖と戦っていた。言われるがまま、辛いだけの仕事を課せられ続けてきた日々は、どれだけ苦しい物だったのだろう。
それも、昨日やっと終わりを告げたのだ。
これから、やっと彼女の高校生活が始まる。好きな事をやって、好きな物を食べて、やりたいことを自由にやれるのだ。
それは誰もが持っている当たり前の物。
それを彼女は、やっと手に入れることができた。
「これからも、よろしくです」
そう告げた彼女の唇が、ほんの一瞬だけ俺の頬に触れた。
「あ~! 浅間さん、また九十九さんにキスしましたね~!」
どうやら十六夜さんにしっかりと見られていたらしい。俺は彼女の唇が触れた部分を、そっと手の平で抑えた。
「い、十六夜さん! こんな人通りの多いところで、大きな声で言わないで欲しいです」
「だったら、こんなところでしないでください!」
「百花ばっかり、ずるい」
楽しそうに笑い合う彼女たちを見て、俺も頬が緩んでいくのが分かる。
こうやって、百花が誰かと笑い合える時間を手に入れたことが、本当に嬉しかった。
「何惚けてるんですか、早く行きましょ?」
「せっかくだから、手をつなぎたい」
「はい、ど~ぞ、です」
なぜか、三人の美少女が俺に手を差し伸べる。これは誰かの手を取るのが正解なの?
俺の手が二つしかないのを、こいつらはわかっているのだろうか?
この光景を、周囲の男子生徒が殺意を籠めた視線で見ている。何この状況。こいつら、俺をここで公開処刑にでもするつもりか?
「よ~し、校門まで競争だ!」
「逃げた」
「なんてヘタレ」
「うぅ、なんだか注目されてるです」
俺はそう言って、三人をその場に残して駆け出した。逃げたのではない。駆け出したのである。
きっと、誰の手を取らないというのも、俺の自由な選択なのだから。
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