第6話


「えっと、十六夜さん? ここですか?」

「はい、間違えなくここです」


 俺の質問に、自信満々に答える十六夜。


 どこからどう見ても、職業安定所。角度を変えて見てもハロージョブである。


「もしや、どこかに転移の魔法陣が?」

「ありませんよ?」

「俺たちが入り口をくぐった途端に別の次元に!」

「行きませんよ?」

「じゃ、じゃあ……」

「早く行きましょう! そんで、とっとと帰らないと、会いたくない奴に会っちゃいます!」


 そう言って十六夜は、俺の手を掴んでどんどんと進んで行く。


 なんの変哲もない自動ドアを抜け、建物の中に入るが、そこにも普通の職員の方々が一般の方の対応をしているだけで、変わった様子は見られない。


 困惑する俺の手を握ったまま、十六夜は『総合受付』と書かれたプレートの置かれた席に座る女性に声をかける。


「教会の笠間です。本日転職した『ワーカー』を1名案内してきました。登録をお願いしたいのですが」

「ご無沙汰しております、笠間様。しかし、本日新規で転職される方がいるという連絡は受けておりませんが?」

「急遽、女神スフィア様のお導きがあったのです。連絡を怠ってしまい、申し訳ありません」

「そうですか。スフィア様のお導きでは、仕方ありませんね。時間も遅いですし、こちらの番号札を持って、直接下までお降りください」

「ありがとうございます」


 そう言って会釈すると、再び俺の手を引っ張って歩き出す十六夜。っていうか、今の淑女のような応対は何?そんな風にも対応できるなら、出会い頭に正拳突きとかやめてもらいたかったんですけど!


 十六夜に引きずられるまま移動すると、壁際の階段までたどり着いた。上へ上がる階段には障害はないが、下に続く階段の前には、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた看板が立っている。

 そんな看板の存在を気にすることもせず、十六夜は看板の脇をすり抜けてどんどんと階段を降りていく。


「これ、大丈夫なの?」

「はい、一応この下が、ワーカー専用のフロアになっています」

「ワーカー?」

「……説明しませんでしたっけ?」


 してないですけど?怒らないでよ。


「アタシたち、転職して世界から外れた人間のことを称してワーカーと呼んでいます。ちなみに、昔の日本では『仕事人』と呼んでいたみたいです」

「……」


 階段を降りると、そこはまるで異世界の冒険者ギルドのよう……では全くなかった。


 1階となんら変わらない、カウンターテーブルが並んでいる。フロアの中央は待機場所のようで、長椅子が何列も並んでいた。


「終了ギリギリだから、誰もいないみたいですね。良かったです」


 十六夜は安堵したようにそう言って椅子に腰かけたので、俺もつられて座ることにする。


 う~ん。全くファンタジー感がない。


 お約束としては、地下に降りると超広い空間があったり、荒くれ者どもが酒をあおってバカ騒ぎしていたり、モンスターの素材解体場所があったり……


 まあ、ハロージョブに着いた時点でファンタジー的なノリはあきらめてましたよ!


「番号札27番の方、1番カウンターにどうぞ」


 その呼びかけに十六夜が立ち上がったので、俺もそのあとについていく。


「本日は登録ということでよろしいでしょうか?」


 席に着くと、30代くらいの男性がそう告げる。


「はい。こちらの和泉九十九さんが、本日当教会で転職されましたので、登録のために案内いたしました」

「かしこまりました。それではこちらの書類に必要事項をご記入ください」


 そう言われて手渡された書類を受け取る。記入内容は、生年月日、氏名、住所、経歴か。履歴書でも書かされてるみたいだな。そう思いながら記入を終えると、先ほどの男性に書類を返す。


「和泉九十九様、ですね。高校在学中に転職とは、ずいぶんと珍しいですね?」

「はい。彼に急遽、女神スフィア様のお導きがあったのです」


 さっきから随分と便利に、『女神スフィア様のお導き』を使ってるけど、実際に導かれる人なんているのか?村人A並みに同じことしか繰り返さないぶっ壊れ女神だぞ。


「急遽女神様に導かれるとは。和泉さんはさぞ強いお力をお持ちなのでしょうね」


 いやいやいや、女神様のお導き滅多になかったよ。十六夜の奴なんか冷や汗だらだらじゃねえか。


 これ、このままおつかいクエストなんか紹介してもらえるの?なんかこの男の人、俺のこと尊敬のまなざしで見ちゃってるけど!


「そ、そうなんですよ。和泉さんはとってもすごい可能性を秘めているらしいのです! そのため、ご神託でおつかいクエストをしながら見習い魔導士のレベルを上げるようにと言われまして!」


 ぶっこんだー!やっぱり事前連絡もなく転職する奴なんていないし、それがばれるとまずいってことなのだろう。今はこいつのウソに乗るしかないのだ!


「初期の職業を見習い魔導士にしろとは、何とも厳しいご神託なのですね。その苦行も、女神の試練ということでしょうか」

「ええ。いずれこの町になくてはならない人物になるはずです」


 やべー、それが事実だったらどれほどうれしいことかと思うが、ハードルの上げ方やばいよ!なぜかここだけ、異世界で勇者が誕生したみたいなノリなんだけど。


「この時期に急遽転職されるということは、和泉さんは高校を中退なさるのですか?」

「いいえ。アタシとしては1年間の休学をしていただき、ゆっくりと力をつけていただきたいと思っているのですが、和泉さんご本人が、『俺ならおつかいクエストだけでも、すぐにレベルを上げてやるさ』とおっしゃいましたので、この春休み中に見習い魔導士のレベルはマスタリーに届くと信じています」


 流れるようなでたらめが次々出てくることに関心してしまうが、まだ俺を留年させようと考えていやがったのか!


「なんと志が高い! 私共も和泉さんのお力になれるよう、精一杯ご助力させていただきます。ですが、本日は閉館時間となってしまいますので、お仕事のご案内は明日以降、ということでお願いします。本日は、最後にこちらをお渡しして終わりにしましょう」


 そう言って男性が差し出したのは、軍人が着けているようなドッグタグだった。


「こちらは、経験値を取得するための『EXタグ』と言われる装置です。魔獣などのモンスターを討伐すると、その体は霊体になり、そのタグに吸収されます。タグには浄化システムが組み込まれているので、浄化された霊力が体内に吸収されて、経験値となります」


 すげー!やっとファンタジー要素キタ!


「しばらくはおつかいクエストを受注されるとのことでしたので、まだ必要ない物だと思いますが」


 そうでした。当分魔法も使えないし、モンスターとも戦えないんでした。まあ、モンスターと戦いたいわけじゃないんだけどね。


「では、以上で説明は終わりになります。何かご質問などはございますか?」


 十六夜の勢いでとんとん拍子に進んでしまった登録手続き。正直、何がわからないのわからないという最悪の状態。まあ、わからないことがあれば、その都度十六夜に説明してもらえばいいだろう。


「大丈夫です。終了間際にお手数お掛けして申し訳ありませんでした。今後もご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、よろしくお願いします」

「いえいえ。どうぞこれからよろしくお願いします」


 十六夜の真似をして大人っぽい言い回しを試みた俺は、余裕を見せながら立ち上がろうと……


 がつん!


「―――!」


 テーブルに膝をぶつけた俺は、声にならない悲鳴を上げながら、十六夜に引きずられて去っていった。






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