第5話


 十六夜の後ろを歩きながら、周囲を観察する。普通に帯刀している人がいるとか、街の外にモンスターがいるなんて聞いていたから、どれだけ世界が変わって見えるかな、なんて思っていたんだが……


「なんも変わった感じがしないな」


 見慣れた街並み、見慣れた人々。


 自分がつまらないと思うから、世界がつまらなくなる。なんてことを言う人もいたが、自分が変わったところで、世界はそうそう変わらない。まあ、世界から外れたといわれたところで、自分の能力値は全くもって変化していないので、その限りではないのかもしれないが。


「転職して、世界から外れた職業に就くと、元の世界の人からは認識されにくくなるそうです。なので、注意深く観察してみれば、見たことがない人もいると思いますよ」


 そう言われたところで、この町の人全員知ってるわけでもないしな。というか、それじゃあ俺も、普通の人からは認識されにくくなっているのかな?


「話しかければ正しく認識されますよ。だから、女の子にいやらしいことをしようとしても無理ですからね?」

「だったら、いやらしいことをしてから全力で逃げれば、忘れられるのでは?」

「確かに、ちょろっとお触りして逃げれば、普通の人には捕まらないかもしれませんけど。もし和泉さんがそんなことしたら、アタシが責任もってぶち殺しますね?」


 軽い冗談なのに、殺人予告をされてしまった。教会で胸を揉もうとしたことは全力で黙秘しよう。


「むしろ、今から森の奥に放り出して来れば、モンスターが処理してくれるからアタシの手は汚れない」

「なんで何もしていないのに今から殺されるんだよ!」

「それは、許しも得ずに勝手に転職したからですよ。本来は、誰でもホイホイと転職なんてできないんですから」

「そうなの?」

「そりゃ、そうですよ。転職して世界から外れれば、レベルを上げることで超人的な力を得ることも可能なんですから」


 十六夜や笠間神父を見ても、確かに常人離れした力を持っているのがわかる。確かにこんな力をポイポイ誰にでも授けるわけにもいかないだろう。


「本来は、どういった人が転職を許されるの?」

「うちの教会みたいに、代々続く家系とか。あとは、何らかの要因で世界を外れたモノの存在を知ってしまった者、とかですね」


 そう言われると、確かに俺はイレギュラーだ。もし神秘を守る組織的なのがいたら真っ先に殺されそうだ。というか、隣を歩く美少女が、虎視眈々とそれを狙っているのではないかと感じさせられる。


 この少女は、果たして本当に俺の味方なのだろうか?


「そういえば、和泉さんは半田高校の2年生になるはずだったんですよね?」

「いやいや、過去形にするのやめて! 俺はまだ進級をあきらめてないから」

「アタシ、春から半田高校に入学するんですよ」

「お、そうなんだ」


 身長的にはもう少し年下かと思っていたけど、胸囲的には納得だな。


「じゃあ俺の……」

「はい、再来年から同級生です!」

「だから勝手にダブらせんなよ!」


 やっぱり敵なのか?無事レベルが上がって大団円と思いきや、最後に後ろからナイフで刺してくる黒幕なんじゃねぇの?


「見習い魔導士がおつかいクエストをこなして、魔法取得できるようになるまで、約2か月と言われています。なぜだと思います?」

「経験値がうまくないから?」

「正解!」


 笠間神父の話にもあったが、今から行く場所で受けられるおつかいクエストは、圧倒的に取得経験値が少ないらしい。確かに、モンスターを倒すのと手紙を1通届けるのでは、危険度も得られる経験も違うだろう。


「ちなみに、レベル2になるために必要な経験値は?」

「2500です」

「1回のおつかいクエストで得られる経験値は?」

「モノによって差はありますけど、平均は100ですかね?」


 ということは、25回はクエストを達成しなければならないということか。レベルが上がるごとに必要経験値が上がる可能性もあるが、ほぼ毎回同じ回数のクエストをクリアしなければいけないとなると……125回か?現代ゲーマーなら逃げだすぜ!あー、俺も逃げ出したい。


「ちなみに、笠間さんは最初の職業はなんだったの?」

「あ、一応年上なので、今のところは十六夜、と呼んでくれていいですよ? アタシは教会で育ったので、見習い修道女でした」


 さらっと、本当にさらっと不穏なことを言ってくる十六夜。こいつ本当は俺のこと下に見てるだろ。まぁ、職業的には圧倒的にしたなんだろうけど。


「俺の選択肢には聖職者系の職業はなかったけど?」

「生まれや育ちによって、初期で選べる職業は違うみたいです。才能によっては、いきなり高ステータスで中級以上の職業に転職できる人もいますよ」


 なるほど。やっぱり世界には、選ばれし者もいるようだ。ただそれが、俺ではなかったというだけで……


 なんだよ!俺だって選ばれし者とか、希少スキルを持っていたりとか、レベル1でも最強だったりとか、そんなんが欲しかったよ!


「何を考えてるのかはわかりませんけど、そろそろ着きますんで、気をつけてくださいね」


 俺の不満が顔に出ていたのだろうか?十六夜にそう言われて、気持ちを切り替える。なんといっても、今から向かうは冒険者ギルド的な場所。荒くれ者の巣窟であるはず。間違っても、十六夜の後ろで震えて助けてもらう、なんてことにはならないようにしなければ。これ以上こいつに下に見られたくはない。


「ちなみに、何に気をつければいいの?」

「礼儀作法です!」

「は?」

「礼儀作法です!」

「なんで?」


 俺のそんな質問に、十六夜は大きくため息をつく。なんか変なこと言った?


「いいですか? 今からアタシたちはお仕事をさせてもらいに行くんです! 働かせていただくのです!」


 なんか突然恐ろしいことを言い出した。なになに?今から俺たちはブラック企業にでも仕事に行くの?


 こんな小さな女の子まで社畜根性が培われちゃってるの?この業界、俺が思っているよりもやばいのでは?


「まあ、さすがにそこまでの社畜精神はなくていいですが」

「いいのかよ!」

「それでも、今後長らくお世話になる場所でもあるので、最低限の礼儀は必要でしょう?」

「それは、その通りだね」


 少女に礼儀を説かれる俺。悲しい。


「さ、着きましたよ!」

「おお、ここが!」

「はい、ここが……」


 俺たちの目の前には、一つの建物。その看板には、こう書かれている。


『職業安定所 ハロージョブ』


 まんまハロジョじゃねーか!






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