2005年5月11日(水)12時31分

「さあ到着だ」


俺はイヌ丸に抱かれて保健室へとやってくる。

扉を開けると湿気高い空気が流れ出す。

同時に清潔感のあるアルコールの匂いが鼻孔を擽った。

空気洗浄機がフル稼働しているが、保健室の中には教師の姿なんざ何処にも無い。


「教諭は居ないね」


基本的に保健室に教師は居ない。保険医はちゃらんぽらんな人で、保健室を開けている事が多かった。

まあ俺はそっちの方が有難い。

教師は一応としてどうしてこうなったとか何故こんな傷が出来たのかなんて聞いてくるからな。毎日そんな質問攻めをされちゃ参っちまう。


「居ないのなら仕方が無いね」

「薬を拝借するとしようか」


イヌ丸が丸椅子に俺を座らせると、そのまま後ろを向いて戸棚から塗り薬を探している。

その間、俺は鈍くなった体を動かして服を脱いでいく。

黒色の運動服はズタボロになって着用は出来ない。


縫えばまだ使えるだろうが、誰が好き好んで継ぎ接ぎの芋臭くなった服を着なくちゃいけねぇんだよ。


「さあ、傷薬を塗ろうか」


イヌ丸はそう言った。俺は何も言わずに頷いた。

イヌ丸の手には木箱があった。


手で覆える程の小さな箱。サイコロみてぇな立体正方形だ。

それを掴んで力を籠めると蓋が開く。

開いた木箱の中身は白いクリームが詰まっていた。


この薬は一般的には出回っていない秘薬の様なもので。

これを肉体に塗り込めば、どんな打撲や火傷、切傷も一晩で治る。

同時に肉体の疲労を吸収してくれるらしく、これを塗れば明日の朝には疲労は無くなっている優れモノだ。


それを掬って両手で少し伸ばすと、俺の後ろに回る。


「さ、塗るよ」

「多少染みるかも知れないけれど」

「我慢しておくれよ」


俺の体に触ろうとするイヌ丸。

その前に俺はイヌ丸の方を向いてその姿を見ながら吐き捨てた。


「お前さ」

「服着ろよ」


イヌ丸は何時の間にか全裸だった。

自らが着込んでいた白のシャツやストレートズボンなどをそのまま床に置き捨てていた。

今、俺の目の前には何も着ていないイヌ丸が居る。

それに対して不快感は不思議となかった。きっとイヌ丸の体はアスリート選手の様に綺麗な姿をしていたからだろうか。

割れた腹筋に綺麗に盛り上がった腕の筋肉。無駄な毛など一切ない滑らかな肌。

何処ぞの美術館で彫刻像として置かれても違和感がない、完成された肉体が其処にあった。

しかし、だからと言って、布を纏わぬ姿でうろついて貰っても困る。

目のやり場と言うか、何と言うか、単純に気になって仕方が無かった。


「おっと」

「すまないね」

「つい癖で」


と、イヌ丸はそう言うと、床に脱ぎ捨てた衣類を掴んで自らに纏う。

下着を履いて、シャツを肩に羽織るだけの、まるで夜伽を越えた朝の様なあられもない姿だ。


「これで良いかな?」


ちゃんと着ろよ、とは言わなかった。

其処まで俺は突っ込める程の体力は無いし。無駄に体力を浪費するつもりもない。

ただ俺は座りながら膝に肘を付いて、楽な姿勢でイヌ丸に全てを捧げる。


「じゃあ」

「塗っていくよ」


そう言って俺の背中に暖かな感触が広がる。

イヌ丸の手の体温で若干塗り薬が暖かくなっていた。

滑らす様に掌が動く。その手つきは軽くマッサージの様だ。

しかしそれでいて俺の体には悲痛を浴びせない様に柔らかく撫でる様に刷り込んでいく。

心地良く気持ちが良い。俺はゆっくりと瞼が下がっていって、意識が剥がれ落ちそうだった。

それでも何とか意識を保って俺はイヌ丸が塗り終わるのを待つ。

上半身が終わると、今度はイヌ丸は俺の前に来て再びクリームを手に付ける。


「今度は脚部に塗り込むよ」


と、イヌ丸はそう言ったが俺は少し遅れて反応する。


「……いや」

「足は、俺が塗る」


そう言うとイヌ丸は自らの手を見た。

既に手にはクリームが塗られている。

それでもイヌ丸は笑みを崩さずに俺の手に触ると。


「分かったよ」

「じゃあボクは」

「包帯を持ってくるから」


そう言ってイヌ丸は俺の手にクリームを付けると、教諭の机の上にあったウェットティッシュで手に付いたクリームを拭い取るのだった。

俺はクリームを手に馴染ませると、ズボンを下ろして太腿に塗る。

イヌ丸が近づいてくると俺の近くに木箱を置いて、再び離れて包帯を取りに行く。


「そういえば」


と、イヌ丸がそう言って来た。

俺は適当に薬からクリームを取って今度は脹脛に塗っていく。


「あ?」


と適当に相槌を打ちながらイヌ丸の話を聞き流そうとしたが。


「我が友に出会う前」

「何故かゴミが散乱していてね」


……その言葉に俺は一瞬、手を止めた。

しかしイヌ丸の方に顔を向ける事は無く、すぐに薬を塗る作業に戻る。


「……ゴミが」

「どうした」


俺は何気なくそう聞いてみると、イヌ丸は頷きながら近づいてくる。

その手には包帯が二つ三つ程持っていて、一つの封を切って広げた。


「片付けたよ」

「綺麗にするのは」

「気持ちが良い事だしね」


と、そう爽やかに言った。

……他人が散らかしたものを回収したのか。

尊敬出来る奴だ。そのゴミを撒き散らした人間が俺じゃなきゃな。


俺は薬を塗り終わる。それを見計らってイヌ丸が俺の体に包帯を巻いていった。

ふと、イヌ丸は俺の態度が少し変わった事に気が付いたのか。


「……我が友?」

「何か隠している事でもあるのかい?」


と、そう言った。

俺は口を閉ざす。

そのまま黙秘を続けていると。


「……もしかして」

「ゴミに関する事だったり」

「するのかい?」


と、イヌ丸が確信を付いて来る。

俺はイヌ丸の言葉に対して――――。



ここで選択肢が出て来る。


〈素直に白状した〉

 ↓

https://kakuyomu.jp/works/1177354054921548160/episodes/1177354055058747320

 ↓

〈話題を逸らす〉

https://kakuyomu.jp/works/1177354054921548160/episodes/1177354054921608702


〈素直に白状した〉贄波ルートから外れるが、イヌ丸と仲が良くなる。

(予定では九重花久遠ルートに行く)


〈話題を逸らす〉ルート継続。話を変えて贄波璃々の事を聞く。


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