2005年5月11日(水)11時27分

〈抵抗する〉


「ッ!」


 あの女の態度が気に喰わねぇ。

 だから俺は手に持つペットボトルを投げる。

 体の調子が悪かったから、そのペットボトルは女に当たらずに女の前の地面に当たったが、地面に叩き付けた衝撃で蓋が弾けて水が女の靴に引っ掛かったみたいだ。


「……」

「どういうつもりかしら?」


 あ?どういうつもりも何も無ぇだろうが。

 ウゼェんだよ。

 何がゴミを捨てろがクソが。

 お前みたいな見下している奴の命令なんざ誰が聞くかよ。

 ゴミ箱に入れろだ? あ?


 体を引き摺る様に動かして思い切りゴミ箱を蹴り上げる。

 するとゴミが周囲に四散して色々な包装紙やジュース缶が周囲に転がる。

 女は何も言わなかった。ただ無言になって俺のやらかした行為を見ている。


 俺は唾を吐いて女に近づく、その高飛車な表情が少しでも歪んでしまえば良いと睨み付けるが一層変わる事は無い。


「ゴミ箱なんてねぇよ」

「物を見て言えや」


 だがまあ良いか。

 言いたい事は言ってやった。

 これでこの女が俺に絡んで来なきゃ。

 ちったぁこの学園生活もマシになるだろうよ。


 俺は体を引き摺りながら歩き出す。

 糞、やっぱ所々体に違和感を感じちまう。

 俺にはあの教師から受けた傷は死亡と同時にリセットされる筈だが。

 それでも体の芯から発する鈍い痛みと関節を動かす度に軋む感覚。


 そして此処に来るまで多少転んだり四つん這いになって歩いた際に出来た打撲の痕が出来ていた。

 体の痛みは保健室に行けばなんとかなる。あそこには塗り薬があるから、体中に塗りたくっときゃ翌日には疲労と痛みは無かった様に無くなっちまうからな


 はあ、こんな生活、マジで卒業まで続けなくちゃならねぇのかよ。

 半年は何とか気力で頑張れたが………二年生に上がる頃には廃人になってるかもな。


「ちょっと」


 ぐらり、と俺の体がよろめいた。

 声に反応したワケじゃない。俺の肩を強く握り締めて思い切り後ろに引かれたから、俺の体が動いた。


 俺が後ろを振り向くと、女の顔と今にでも顔面をぶっ叩きそうな平手が見えた。

 ドクリと心臓が動き出す。視界に見える情報は脳内ではスローモーションで流れ出す。

 眼で追うその左手、勢いを込めたそれは俺の頬に向けて向かって来る。

 此処までの情報を目で追えるのは、訓練による賜物なのだろう。

 だからぐヴぁぎぃっ!!


 痛ッ、あッ、ぎ、ひぃッ!ひ、っく、ぐッ。

 だぁあッ!クソ、モロに喰らっちまった痛ェっ!

 たと、例えこんな、んなもん目で追えてもッ。

 体が付いて行かなきゃ意味がねぇってのにッぐ、痛ゥ!


 俺はこの女のビンタに負けてそのまま地面に倒れ込む。

 女は俺の顔を見ながら頬に触れた手を汚らわしいかの様に手をぱんぱんと払う。

 糞、このクソ女がッ。暴力で訴えてきやがってッ。


「……ふん」

「貴方は少し」

「マナーを覚えなさいな」


 ざけんな、クソ女ッ。

 俺は女を睨む、睨み続ける。

 体を動かそうにも、先程のビンタが利いちまった様子だ。

 肉体の疲労がビンタで誘発するかの様に、疲労が一気に肉体を包み込む。

 息をするのもやっとの状態、数時間前の時に戻っちまったかの様だ。


「………」


 そして女は去って行った。

 何も言わず、この瀕死状態の俺を残して。

 後悔も後腐れも無く、清々しい表情でこの場を去っていく。


 俺は動く事が出来ず、その場で大の字になりながら、回復を待つ他無かった。

 また一時間経過する。俺は再び体を動かす。


「痛ってえな……」

「クソ女が……」


 そう悪態を付いて俺はゆっくりと立ち上がった。

 先程は受け身も取れずに地面に倒れたから、後頭部がズキズキと痛んで来やがる。


「クソが」

「たまんねぇな」


 そんな事を口にして俺は再び歩き出す。

 目的地は決まっていて、保健室へと急いだ。

 ズルズルと体を動かす、時折足に力が入らなくなって膝を突くので校舎の壁を伝いながら俺は歩き出した。

 そうして校舎へと向かう前に、俺を呼び止める声が背後から聞こえて来る。


「やあ」

「我が友」


 少し低めの声。

 思春期を過ぎて落ち着きを取り戻したかの様な大人びた声色だ。

 俺は壁に背を向けて凭れながら後ろを確認した。


「……イヌ丸か」


 其処に立つのは爽やかなな笑顔を浮かべる好青年だった。

 まるで雑誌のモデルとか、テレビで出て来る清純派俳優の様な優男。

 黒い髪の毛は少し長めに伸びていて、団子状にまとめてはいるが襟足だけはそのまま肩元まで伸びている。

 耳元には俺のくれてやった黒のピアスを付けていた。

 細めな目付きは猫と言うよりかは弛んだ獣の様な視線であり、何処か温かみを感じる目付き、筋の入った鼻にシャープな輪郭。日系寄りではなく北欧寄りだと言えば分かり易いだろう。

 そんな同期で一位二位を争う美貌の持ち主である男性、永犬丸統志郎。


 コイツとは色々とした事件に巻き込まれた為か、コイツの仲では俺は親友の立ち位置に居るらしい。そんなイヌ丸は俺に近寄ると俺の顎に手を添える。


「随分と憔悴している様子だね」

「保健室にでも行くつもりだったのかい?」


「あ―――」


 俺が頷こうとするよりも早く、イヌ丸は素早く俺の体を抱き上げると、お姫様抱っこをしだした。


「……おい」


 急にお姫様抱っこしてくるんじゃねえよときめいちまうだろうが。

 とは口に出しても言わない。云えばコイツはこれから出会う度に俺をお姫様抱っこしてくるんだろう。


「ふふ」

「案ずるな、我が友よ」

「必ずキミを保健室に連れて行こう」

「安心したまえ」


 そう言ってイヌ丸が歩き出す。

 俺は降ろして貰おうとも思ったが、やめた。

 恥ずかしく感じるし情けなくも感じるが、この状態が一番楽で良かったからだ。

 だが、お姫様抱っこなんざ今生でこれっきりにしてもらいたいもんだ。

 するのもされるのも、俺はゴメンだね。


 次話↓

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054921548160/episodes/1177354054921599308

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