2005年5月11日(水)9時30分
〈前に突っ込む〉を選択した場合。
考えても仕方がねぇ。
どうせどんな事を考えたって瞬殺だ。
だったらもうどれをしようか何を選択しようか考えても仕方がねぇだろ。
まっすぐ行って思い切り握り拳をぶつける。
もしも運が良ければ一発当たんだろッ。
「あ、ぁおおおおッ!」
拳を固めたまま走り出す。
俺は何も考えずに相手を殴るイメージだけを持って拳を振り上げる。
「後先考えないか」
「愚直で良い事だ」
「殺し易い」
ダンッ。
と贄波教師は地面を強く踏み締める。
すると足を徐々に開いていくと、まるで野球のリードをする様に股を開き出すと、野郎の背中の筋肉が盛り上がる。
その筋肉は服の中に小動物でも飼っているかの様に、背中から腰元、腰元から太腿、脹脛へと移動していく。
そして脚部に肉の塊が消え失せると同時。野郎の踏み締める地面に罅が入る。
それと同時に風が吹き荒れる。まるで野郎が台風の中心であるかの様だ。
吹き飛ばされる。そう思考した直後。俺は見えない壁に衝突した。
「ぐがぶッ!」
いや、それは壁なんてものじゃない。
不可視のダンプカーに弾き飛ばされたかの様な威力。
俺は野郎の体に触れる事も出来ず、見えない衝撃に圧されてグラウンドを越えて学園の校舎へまで吹き飛ばされた。
校舎の一階、ガラス窓が粉々に砕けて俺の背中に硝子の破片が突き刺さる。
「ぎ、ぃッ」
「あ、あぁあああッ」
「痛ェァ!」
何度訓練を受けても決して慣れる事のない痛み。
俺は背中に突き刺さる硝子を抜こうと体を動かして立ち上がろうとするが、手に硝子の破片が突き刺さって血が滲み出す。
「ち、くッしょッ」
歯を食い縛って俺は悶える。
鼻息を荒げて涙目になりながら、俺は何とか立ち上がろうとするが。
「なんだ」
「死んで無かったのか」
校舎の外側から死神の声が聞こえた。
俺が振り返ると同時に、贄波教師の飛び蹴りが顔面に深く突き刺さった。
「ぐぶッ!」
「校舎に突っ込むとは」
「どうせ死ぬのならば」
「グラウンドで死んで貰いたい」
「校舎はグラウンドとは違って」
「清掃をするのが面倒なんだ」
吹き飛ばしたのはお前だろうがッ。
つうか清掃って、お前はすぐに訓練を終わると俺を残して帰るだろッ。
と、そう突っ込みたかったが口が動かない。最早肉体は限界だった。
鼻孔に血液が溜まって固まっている、息をするのが難しい。
ぴゅうぴゅうと音を鳴らしながら俺は贄波教師の理不尽な殺人を仕方なく受け入れるしか無かった。
「………」
だが、早々に俺を殺める様な真似はしない。
何故だろうか、俺は奴の顔を睨む。
贄波教師の顔は俺では無く、学園校舎の廊下、真横の方を向いていた。
真横に何か居るのか、俺はその視線を追う様に顔を向けると。
……其処には、小綺麗な身なりをした女子学生が居た。
良い所の出なのだろうか、黒色のブレザー服に赤色のリボンを襟に付けて、頭にはベレー帽を被っている。
高級な洗髪剤でも使っているのは黒の長髪には艶があり、腰元まで伸び切っている。
薄い桜色の唇は瑞々しく潤っており、肌は卵の様に張りがある。
童顔ではあるがその鋭い目付きは女豹と言っても良い。
舐めて掛かると後悔するぞ、とそんな傲岸不遜さが顔に滲み出ていた。
つまりは、高飛車なお嬢様、ってのが印象だった。
その女は、俺では無く、野郎、贄波阿羅の方を見ていた。
何か言いたげな表情をしていて、時折口を開いては喉に出掛かった言葉を飲み込んでいる。
そんな彼女に対して、贄波教師はさして興味も無さそうな様子で。
「なんだお前」
「入学していたのか」
と、そう吐き捨てる様に言った。
その言葉が彼女の困惑を断ち切ったのか、すぐに口を紡ぐと相手を俯瞰する様な視線に代わって髪の毛を靡かせた。
「……失礼します」
そう言い捨てると俺と贄波教師を邪魔しない様に廊下の端を歩いていく。
ぱき、ぱきり、と割れた硝子が彼女に踏まれてそう啼いた。
俺らの事など忘れたかの様に、彼女の姿は小さく消えていくと。
「惚けている場合か?」
贄波阿羅はそう言って俺の足首を掴んだ。
この時点で嫌な予感しかしない。俺は咄嗟に両手で頭部を保護すると。
足首を万力で潰された様な痛みが発生する。
贄波教師は俺の足首を強く握り締めて、そして俺を野球ボールか何かの様に盛大に外へ向けて投げ飛ばしたのだ。
「ぐ、おッぎッ」
空を舞う俺は次第にグラウンドへと向かい地面が近づいてくる。
何とか受け身を取ろうとするが、体が思うように動かない。
結局俺は後頭部からグラウンドの地面に衝突すッ―――ぎ、あッ。
ど、―――……ぎ、ひ――――。
あッ、が―――――。
―――――……………。
――――………。
ぐ――――――、ぁ。
みみ、鳴りが、き、こえる。
おぇれぁ、お、れは……俺は。
とう、頭部から、脳味噌をぶち撒けた、らしい。
記憶、にはない。が、少なくとも、俺は。
先程、グラウンドにぶつかって。其処で死んだ、様だ。
「は、ァ」
体は動かない。
息をするだけで精一杯。
この状態のままなら、また贄波の野郎が攻撃を仕掛けてくるが。
どうやらもう、奴は殺す気は無いらしい。
懐にナイフを仕舞って、黒コートの襟を正していた。
「今日はここまでにしよう」
再びスキットルを取り出すと、中に溜まる酒を喉に流し込む。
「悲しい事だが」
「明日は休みだ」
「残念でならない」
「お前の苦痛に歪む表情が」
「拝めないからな」
そう憎たらしい言葉を吐くが、憎む気持ちも怒る気持ちも無い。
ただ疲れた。体は指の先からつま先までまったく動く気配もない。
こうして呼吸をする事すら体力を消費してしまう。
それ程に、あの野郎との戦闘訓練と言う名の虐殺は激しいものだった。
「それじゃあ二日後」
「お前の苦しむ顔を見るのを」
「楽しみにしているぞ」
最後にそう言って踵を返す。
俺は中指を突き立ててやろうかと思ったが動かない。
つか、やっぱりそうだ。
校舎の掃除してねぇだろ。
あの野郎が歩く先は、校舎とは反対方面だった。
次話↓
https://kakuyomu.jp/works/1177354054921548160/episodes/1177354054922085306
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