2005年5月11日(水)9時15分

 血が飛び散る。

 腹部から臓物が零れ落ちる。


「ごヴぁッ」


 想像を絶する痛みが腹部を中心に廻り出す。

 叫びたい程の苦痛はしかし。

 幾度声を張り裂けんでも大空に響く事は無い。


「ヴぁ、が、ぎゃ、ィ」


 ボゴボゴと音が喉から鳴る。

 舌先には生暖かい感覚と錆の味が染み渡る。

 痙攣する指先を喉に沿える。


 指先が捉えるのは、ぬるりとした感触。

 喉が裂けて其処から血が溢れ出す。


「ぎ、ぶヴ、ぐ、ヴ」


 切り裂かれた喉その痛みよりも。

 傷口から喉奥へと無量に流れ出す血液に溺れ苦しむ。

 膝を突いて必死に喉を手で押さえる。

 自らの首を絞める様な滑稽さが映り込む。


「苦しそうだな」


 そんな姿を見兼ねて、人影が近づいてくる。

 黒のコートを着込んだ、四十代前半の男性。

 顔面には雫を垂らした様な痣が右半分を覆う異様な容姿。

 左手には蓋の開いたスキットル。

 そして右手には血液が付着した反りが鋸刃となったナイフを握り締めている。


「大丈夫だ」

「すぐに」

「楽にしてやる」


 安堵させる様な言葉を口にする。

 だが言葉に安堵を覚える事は無い。

 右手に握り締められたナイフを高らかに振り上げると。

 ナイフの鋭利な先端を。

 無慈悲に俺の脳天を破り頭蓋骨を砕き脳味噌に一撃を加えッがッッッだ、が、ッッッだ、ッッッあ、ッッッッッッ――――――。



 ――――――――…………――――。


 …………―――――――………――――。


 ――――………っ。


 ――――…………だ、あ……。


 ―――………あ―――――。


 ――――……絶命の一撃。


 頭部に刺さるナイフ。

 意識は白黒の砂嵐に変わり、コンセントを抜いたテレビの様に意識は途絶える。

 それが命の終わり。誰もが平等に与えられる死であると悟る。


「ぎ、ひッ」

「は、っあ」


 だが……俺は生きている。

 八峡義弥は生存している。

 脳をナイフで刺されても。

 この体は死から生還する。


 ゆっくりと体を起こす。

 地べたに尻を突きながら体を弄る。

 体の痛みは不思議と無い。

 首の傷は治っていて、腹部の穴も塞がっている。

 残るのは疲労と倦怠感。

 肉体を酷使し続けた故の疲れが残っていた。


「大丈夫か?」

「手を貸してやろうか?」


 さも心配している様な声が頭上から聞こえた。

 俺は即座に顔を上げる。すると目で追い切れない物体が俺の顎を掠った。


「ぐ、ぎッ!」


 それは野郎の靴先だった。

 呑気に座っていたから、野郎は油断した俺を容赦無く蹴り上げやがった。


「ほら」


 涼しい声色を発しながら俺の腹部を蹴り上げる。

 その一撃はまるで猪の突進さながら、腹部に鈍い痛みが走る。


「ぎゃ、あぁあああ!!」

「げ、おぉッが、はッ」


 腹部に強い衝撃が加わったせいか俺の胃は痙攣した。

 そして胃袋の中にあるモノを吐き出そうと嗚咽を漏らす。

 出て来るのは胃液だけだ、もう既に腹の中は空だった。


「どうした?」

「立てるか?」


 転がる俺にゆっくりと足を下ろす。

 勢いの乗った靴底が俺の首の骨に体重が乗っかる。

 ボギリ、と音を立てて首の骨が折れた。


「ぎ、いッ、ぐぎッ」

「が、はッ、あッ……」


 体が動かなくなる。

 辛うじて口だけは動くが、手足の感覚は既に失っていた。

 その様な危機的状況でも野郎は手際良くナイフを操ると、俺の折れた首に向かってサバイバルナイフを投げる。

 首の肉を貫く冷たい刃。

 俺はその感触を嫌らしく味わいながら血液に溺れて絶命した。


「………」


 ――――――――――。


「死んだか」

「………二秒」


 ―――――――――……………。


「五秒、……七秒」

「……九秒」


 ――――――――――………………が。


 あ、………っ。


「―――ぃ」

「ぎ、が、ッ、はッ」


 ……意識が戻る。

 また俺は死亡した。

 そして再び、意識を取り戻す。

 首の骨は死から生き返ると共に清算された。



「……十秒」

「そろそろ限界か」


 震える体。

 それでも無理に体を起こす。

 寝たままの状態では、野郎は容赦なく俺を殺しに来る。


「立ち上がるか」

「……はあ」

「面倒な事だ」


 面倒?面倒だとこの野郎。

 散々俺をぶっ殺しておきながら。

 なんだその言い様は。


「クソ、クソがッ」

「ころ、殺して、やる」


「威勢が良いな」

「あぁ、恐ろしい」

「恐怖すら覚える」

「怖いのは嫌いだから」

「早々に終わらせてやる」


 手に握るスキットルを仕舞う野郎。

 片手に握る刃物を逆手に構えて手招きをする。


「今日は」

「昼ドラマが良い所なんだ」

「見逃したくはない」

「ビデオの撮り方も」

「良く知らないからな」


 それがこいつが早く終わらせたい理由であるらしい。

 ふざけんなこの野郎。それでも教師か。

 いや教師でもこんな生徒を殺す真似はしねぇぞ。

 どっちにしてもムカつく話だ。

 絶対に一泡吹かせてやる。


「が、あぁああああああ!」


 いきり立ち叫び俺は突進する。

 その声を聞いて五月蠅いと言いたげに眉を顰めた。


「向かって来るか」

「有難い事だ」

「後二回」

「十分以内で殺してやる」

「逃げ回らない事を祈ろう」


 そう言い放つと同時。

 その野郎……贄波阿羅教師が刃を振るった。

 そして俺は……本日三度目の死が訪れる。


 それでも俺は生きている。

 今回は胸元に刃物を突かれた。

 心臓を貫いて絶命して俺は再び生き返る。


「どうした?」

「さっきの威勢は」

「何処に行ったんだ?」


「ぐ、ギギッ」

「ぢッ、ぐ、グッ……クソ、っがッ」


 俺が立ち向かえるのは精々あと一回。

 傷は回復するが、それでも疲労が拭られる事は無い。

 限界が近い、それでも俺は立ち向かわなければならない。


 どうする?考えろ。俺はどうこの教師に立ち向かう。


 【選択肢】

〈前に突っ込む〉

   ↓

https://kakuyomu.jp/works/1177354054921548160/episodes/1177354054921566438

〈様子を見る〉

   ↓

https://kakuyomu.jp/works/1177354054921548160/episodes/1177354054921567477



〈前に突っ込む〉を選択すると贄波璃々と出会う。


〈様子を見る〉を選択するとバッドエンドまたは別のルートに入る。




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