テスト当日



 それから。

 ついにやってきたテスト当日。

 この日の学園は、今まで以上に異様な雰囲気に包まれていた。

 ある者は殺気を放ち、ある者は満身創痍の状態であり、またある者は周囲の学生にプレッシャーを与えるためなのか、余裕の態度を崩そうとしなかった。

 この感じ、何処か懐かしいな。

その時、俺の脳裏に過ったのは、今から200年前、とある国に『傭兵』として雇われ、戦争に参加した時のことであった。

 なるほど。

 今日この日は、学生たちにとっての戦場というわけか。

 まさか平和な200年後の世界で生活していて、戦場を駆け巡っていた日々のことを想い出すとは思いも寄らなかった。


 ガラガラガラ!


 扉を開けて、教室に足を踏み入れる。

 ふむ。

どうやら既にほとんどの生徒たちは、着席をして、それぞれ学習に励んでいるようだな。

 普段からこれくらいのヤル気を出していれば、一流の魔術師になれる可能性も格段に上がると思うのだが……。

 どうして試験直前でしか本気を出せないのか不思議なところである。

 

「ビークワイエット! プリーズ! 生徒諸君、着席願おうか!」


 俺たち教室の試験官を務めるのは、このところ何かと縁がある団子鼻の教師である。


「今から答案用紙を配布する! 配られた用紙は速やかに裏返して、机の上に置いておくこと! 少しでも怪しい動きを見せたら即刻退場してもらうヨ!」

 

 前列の生徒の前に配られた答案用紙は、リレー形式で後列の生徒に受け渡すことによって、教室全体に行き渡っていく。

 よくよく見ると試験の紙が透けて、逆さ文字で内容を読み取ることもできるようだ。

けれども、まあ、今回の場合、そういう小狡いテクニックを使うまでもなさそうである。


「それでは、試験開始!」


 試験官の合図と共に捲る音が教室の中を支配して、順次ペンを走らせる子気味の良い音が聞こえてくる。

 さて。

 肝心の内容の方はというと、予想していたよりも遥かに簡単であった。

 試験時間は50分と書かれているようだが、これは何かの冗談だろうか?

この程度の内容であれば、5分もあれば十分に全ての問題を解くことができるだろう。

 だがしかし。

 過去の経験から流石に俺も学習している。

 いくら俺にとって簡単だからと言っても、『他の生徒』から見ても、それが簡単であるとは限らない。

調子に乗って満点を連発してしまうと、余計な注目を浴びるリスクを招くことになるだろう。

 同時にそれは、俺が望んでいる『平穏な学園生活』から遠ざかることになるのである。

 そうだな。

 今回は正答率80パーセントを目標にして、テストを受けてみることにするか。

 テッドの話によると赤点、つまりは夏休みに補習が必要になるラインは30点からということなので、全教科80点くらいが『普通に優秀な学生』の基準になるに違いない。

 何事も『ほどほど』に止めておくことが、賢い立ち回りというものだろう。


 ~~~~~~~~~~~~


 それから。

 つつがなく試験は進んで行き、残すところ試験は『魔術工学』の科目だけになっていた。

 ふうむ。

 パッと見る限り、この『魔術工学』の試験内容は、他のテストと比べて更に二回りほど低レベルなものになっているな。

 入学試験の時の『魔術工学』のテストは、それなりに凝った内容のものが多かったのだが、今回は見る影もない感じである。

 教科書に載っていた問題をそのまま流用して、少し数字を変えただけなのだ。

 難易度うんぬんを語る前に、そもそも作成者のヤル気が感じられない。

 なんというか、まるで『他の仕事に時間を追われて、試験を作る時間が取れなかった』と言わんばかりの惨状であった。


「んん……?」


 思わず、驚きの声を漏らしてしまう。


 問10

 サジタリウスの迷宮論理より出題。

 下記に示す魔術式の最適なルートを示せ。


 最後の最後に毛色の違った問題出てきたな。

 10枚に渡る試験用紙のうち、5枚が最終問題に費やされている。

 ……。

 …………。

 見事なものだな。

 配点30点と書いているが、おそらく俺以外の生徒では1点たりとも取ることが出来ないだろう。

 量、質、共に、この時代で見た魔術式の中では過去最高レベルのものだろう。 

 今にして思えば、他の問題があからさまに『手抜き』だったのは、この問題を作戦するために全てのリソースを継ぎ込んでいたからなのかもしれない。

 凡百の教師では、このレベルの問題を作成するのは不可能である。

 間違いない。

 この問題の作成者は、以前に『デポルニクスの最終定理』を出題してきたエマーソンとかいう男だろう。


「ふう……」


 悩ましい問題に直面した俺は、深々と息を吐く。

 さてさて。

 どうしたものか。

 普通に考えれば、こういう高難易度の問題を解かず、悪目立ち避けるのが正解なのだろう。

 だがしかし。

 この問題はまず間違いなく、俺に対する挑戦状として作られたものである。

 試験の作成にあたりエマーソンが費やした時間は、おそらく一月、下手すれば、それ以上かかったことが推測される。

 せっかく俺のために作ってくれた問題を放置する、というのも心の余裕に欠けるような気がするな。

 仕方がない。

 最終的に全科目80点となるように調整できていれば、過剰な注目は避けることができそうだからな。

 今回はエマーソンの作った問題で遊ばせてもらうことにしよう。


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