エマーソンの企み



 一方、その頃。

 ここはアースリア魔術学園の本校舎一階に設立された職員室の中である。

 期末試験を控えて、色めき立っていたのは、生徒たちに限った話ではない。

 今まさに試験問題の作成作業に取り掛かっている学園の教師陣もまた、慌ただしい時間を過ごしていた。


(これでよし……。なんとか今年も間に合ったようだな……)


 職員室の中に書類をまとめ、溜息を吐く銀髪の美女がいた。

 彼女の名前はフェディーア。

 品行方正。才色兼備。

 誰もが羨むようなスペックを持った彼女は、アベルたち一学年の学年主任を務めていた。


「学園長。これで一教科を除いて、担当分のテストは全て出揃いました」

「ご苦労。フェディーアくん。相変わらずキミは仕事が早くて助かるよ」


 フェディーアから書類を受け取り、満足気な笑みを浮かべるのは学園長のミハイルである。

 風の勇者ロイの子孫であるミハイルは、アベルの正体に勘づいている数少ない存在であった。

 学園長が受け取ったテスト問題は、本校舎に隠された『特殊金庫』の中で厳重に保管されて、テスト当日までは誰も目にすることができない状態が維持される。

これは事前にテストの内容が流失しないよう設定された学園内のルールであった。


「しかし、学園長。まだ一教科、『魔術工学』のテストだけは準備できていないみたいですが……」

「ああ。エマーソンくんのことなら心配ないよ。彼は今晩中に完成させると言っておった」

「…………」


 フェディーアにとって不気味で仕方がなかったのは、先程から机の上に齧り付くように座り、試験問題の作成に取り掛かるエマーソンの存在であった。

 国内最高峰の頭脳を持つと評されながら、常に飄々として、捉えどころのない男だというのがフェディーアの中の評価だった。

 だがしかし。

 今、目の前にいるエマーソンには、普段のような余裕がどこにもない。

 常軌を逸した集中力で作業に取り組んでいるエマーソンは、以前までとは完全に別人のようだったのである。


「学園長。彼は……エマーソンは一体どんな問題を作っているというのでしょうか?」

「さあ。ワシにも詳しいことは分からんよ。ただ、彼は良き好敵手に巡り合えたみたいじゃのう」


 アゴに蓄えた白髭に触れながらミハイルはニヤリと笑う。

 アベルという少年が果たして何者なのかは未だに分からない。

 だがしかし。

エマーソンが本気で作った問題を解かせてみれば、彼の力量を図る良い試金石になるかもしれない。

ミハイルは心の中にそんな思惑を秘めていたのである。


(ふふふ。アベルくん。もう直ぐだ……! もう直ぐキミと戦えるんだね……!)


 極限まで集中力を研ぎ澄ませるエマーソンの耳には、2人の会話の内容は入ってこない。

 ブツブツと呪詛のように独り言を零して、職員室の中でも異様な雰囲気を醸し出していた。


(キミの頭脳を試させてもらうよ……!)


 ペンを走らせオリジナルの魔術式を構築するエマーソンは、独り妖しげな笑みを零すのだった。

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