学食の事件



 俺こと、アベルは200年前から転生してきた魔術師である。

 以前に暮らしていた世界では、俺の琥珀色の目は差別の象徴だった。

 そんな時代に辟易した俺は、理想の世界を求めて200年先の未来に転生した。

 さて。転生後の生活は、概ね、平和だ。

 ひょんなことから国内有数の魔術校、アースリア魔術学園に通うことになった俺は、今日も今日とて代り映えのない日常を送っている。


「師匠―! 授業お疲れ様ッス!」


 授業が終わり昼休みになると、見覚えのある男が声をかけてくる。

コイツの名前はテッドという。

焦げた飴色の金髪と筋肉質な体つきが特徴的な男である。

ちなみに俺は、テッドのことを弟子にしたつもりは毛頭ない。

何の因果か幼少期にコイツのことを助けて以降、『師匠』と呼ばれて、付き纏われるハメになってしまったのである。


「さっそく学食行きましょう! 早く行かないと場所取りが大変ッスよ!」


 アースリア魔術学園において昼食を取る方法は2種類ある。

 それ即ち、学食で買うか、購買部で買うかである。

 全寮制のこの学園は、自分で作った弁当を持ち込んだりすることが難しいのだ。


「ああ。今日は学食の優先日だったか。別に構わないぞ」


 この学園の食堂には、総勢1000名を超える生徒たちを受け入れるだけのキャパシティは存在していない。

 その為、学年ごとに優先的に利用できる日が指定されているのである。

 今日は週に一度の一年生が優先的に使用できる日ということもあって、既にクラスメイトたちは学食に向かっているようであった。


「師匠は何にするんスか?」

「さあ。今のところ特に何も考えていないぞ」

「オレのオススメは、新作のデミグラハンバーグ定食です! ここ最近の新作の中では圧倒的な人気で、直ぐに売り切れになってしまうんスよね~!」

「…………」

 

 他愛のない会話をしながら学園の地下にある食堂を目指す。

 階段を下りていくと、食欲がそそられる匂いが立ち込めているのが分かった。


「ふぁ~! この匂い、堪らないッス!」


 魔術のレベルが衰退してしまった現代であるが、どうやら食文化においては200年前と比べて遥かに発達しているらしい。

 この学園に入って、今のところ一番に感心したのは、食堂のレパートリーの多さかもしれないな。


 ~~~~~~~~~~~~


 さてさて。

 扉を開いて、学食の中に足を踏み入れると、そこにいたのは飢えた獣のように殺気を放つ生徒たちであった。


「うおおお! 何時ものことながら、凄い人だかりッスねー!」


 テッドの言う通り、食堂に既に幾つかの長蛇の列を形成していた。

 この学園に入って分かったのだが、食べ盛りの学生たちの『食にかける執念』というものには目を見張るものがある。


「んじゃ、師匠! 後で合流しましょう! 幸運を祈るッス!」


 目の前の男もまた、何かと食に情熱を燃やすタイプの人間の一人である。 

 無駄に男らしい台詞を残したテッドは、本日の一番人気であるデミグラハンバーグ定食の列に向かって走っていく。

 さて。

 残念ながら俺には、テッドほど食に捧げる情熱があるわけではないからな。

 比較的地味で、学生たちに人気のない、麺類のコーナーに並ばせてもらうことにしよう。


「なぁ。見ろよ。アイツが例の……」

「ああ。噂の劣等眼だろ……。まったく。なんでウチの学校に下賤な平民が入学してくるんだよ」


 食堂に着くなり他の生徒たちの好奇の視線が突き刺さる。

 こういうことにはもう慣れた。

 琥珀眼の使い手である俺は、根強い差別を受ける立場にあったのだ。


「珍しいわね。アベルも学食なんだ」


声をかけられたので振り返ると、見覚えのある茜髪の少女がいた。

 彼女の名前はエリザ。

 200年前にパーティーを組んだことのある火の勇者マリアの子孫である。

 負けん気の強い性格であるエリザは、入学試験以来、何かと因縁深い関係にあった。


「ああ。たまには暖かい料理を食べるのも悪くないと思ってな」

「アベル。いつも購買のパンだけだもんね。アレでよくお腹が持つな、って思っていたのよ」


 む。この女、俺が昼食に何を食べているのか把握していたのか。

 どちらかというと俺は、食事を早めに切り上げて自由な時間を多く持ちたいと考えるタイプだったのだ。


「お前、並ぶ列を間違えていないか? こっちは麺類のコーナーだぞ」


 エリザというと、同じ年とは思えないくらい発育旺盛で、食にかける情熱という意味で言うとテッド以上に強いイメージであった。

 どちらかというと地味なメニューが多い、俺と同じ麺類のコーナーに並んでいるとは意外であった。


「いいえ。アタシの目的は一日限定五食の隠しメニュー! 厚切りベーコンとほうれんそうのクリームパスタよ!」


 聞いているだけで胸焼けが起こりそうなメニューだな。

 何処かで聞いたことがある。

 この学食にはレギュラーメニューの他に調理師たちが試作品として作った『隠しメニュー』というのが存在しているらしい。


「ふふふーん。何を隠そうアタシ、この学食のプレミアム会員なのよね」


 得意気に胸を張ったエリザは、ピカピカに光る会員カードを掲げていた。

 流石、食い意地にかけては、他の追随を許さないエリザである。

 たしか学食のプレミアム会員になるには、幾つかの厳しい試験を通過する必要があるので、一年生の時期に取得している生徒数は少なかったはずなのだが。

 知らなかった。

 麺類のコーナーにも、そんなハイカロリーな料理が存在していたんだな。


 そうこうしているうちに列が捌けて、俺が注文する番が巡ってくる。


 さて。今日は何を食べようかな。

 等ということを考えていた折、本日の品書きの中に見慣れない料理名を発見する。

ん? なんだ? 

このキツネうどんという料理は?

 無論、知識として『うどん』が東の国発祥の麺料理だということは知っている。

 小麦粉を練って長く切った麺料理である『うどん』は、東の国において米に替わる主食として重宝されていたらしい。

 だが、キツネの部分に関しては腑に落ちない。

 うどんの上にキツネの肉が乗っているのか?

 なかなかに知的好奇心をそそられるネーミングである。

 ここ最近の俺は学食で提供されている未知なる料理を開拓するのが、密かな楽しみになっていた。


「はいよ! キツネ一丁!」


 注文して暫くすると目的の『きつねうどん』は思っていたより早くに提供された。

 はて。

 一体、何処に『きつね』の要素があるのかは謎であるが、なかなか悪くなさそうな料理だな。

 白色のうどんの上にのっているのは、緑色のネギ、赤色のカマボコ、黄金色の謎の物体、と言った感じである。

なかなかに彩りが華やかで食欲をそそられる。

 さて。料理を受け取った後は、空いている席を探す番だ。


「うーん。今日はまた一段と混雑が酷いわね」

 

エリザの言う通り、今日の学生食堂は、既に目ぼしい席がほとんど埋まっている状態であった。

 仕方がない。

 あまり気乗りはしないが、誰か適当な人を見つけて相席を頼んでみようかな。

 等ということを考えていた時である。


「おっ?」


 なんだ。

一カ所だけ空いているテーブルがあるじゃないか。

 窓際の隅に位置するそのテーブルは、端的に言って『特等席』と呼んでも過言ではないものであった。

 どうして『特等席』が空いているのかは少し気掛かりであるが、これについては深く考える必要もないだろう。

これ幸いと俺は、件のテーブルに向かって歩みを進めていく。


「ア、 アベル! その席はまずいわよ!?」


 唐突にエリザに呼び止められる。

 はて。

果たして何が『まずい』のだろうか。

 背後から声をかけられたのは、俺がそんなことを考えていた直後のことである。


「おい。貴様、何の真似だ……?」


 突如として面識のない1人の男に声をかけられる。

 でかいな。

 校章の色から察するに俺と同じ一年生なのだが、既に身長は170センチを大きく上回っているように見える。


「そのテーブルが、この学園の支配者であり、公爵家の血を引くサイバネ・レッズスター様の指定席と知っての狼藉か?」


 気付くとガラの悪い男たちに囲まれていた。

 いや。知らんがな。

 大体、学生の使う食堂に指定席なんてものが認められるはずがないだろう。

 俺たち学生にとって、ここは、ある種の公共施設のようなものなのだからな。


「ふふふ。まあまあ、その辺にしておきなよ。その彼も別に悪気があってボクの席を取ろうとしたわけではないのだろうしね」


 なるほど。

コイツが噂の公爵様か。

 全体的にガラの悪い男たちグループの中にあって、その男は1人だけ小奇麗な外見をしていた。


「……アベル。アイツに関わるのは止めた方がいいわ。あの男はウチの学年に1人しかいない公爵家の子息なのよ」


 エリザがこっそりと耳打ちをして情報を伝えてくれる。

 なるほど。

 そう言えば以前に聞いたことがある。

 どうやらこの時代の貴族は、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という5つの階級に分かれているらしい。

 一口に貴族と言っても、その存在は決して対等なものではない。

 この学園において爵位というは、学生たちのヒエラルキーを決定付ける重要な要素の1つとして扱われているのだとか。


「さあ。アベルくん。早くそこをどいてくれるかな」

「普通に断る。悪いな。公爵様。今回は他の席を当たってくれないか?」

「――――ッ!?」


 んん? これは一体どういうことだろう。

 素直に思ったことを口にするとサイバネとかいう男はグニャリと顔を曲げて、怒りの感情を露にしているようであった。


「へえ。噂には聞いていたけど、本当に礼儀を知らない平民らしいね。キミは……!」


 どうやら本性を現したようだな。

 俺のいた200年前の時代からそうであった。

 一見して柔らかい雰囲気を持っているように見えて、権力者というものは、腹の底では力を持たない平民を見下していることが多いのである。


「蹴散らせ! 野郎ども!」


 サイバネの命令を受けた取り巻きの男たちは、それぞれ武器を手に取り睨みを利かせてくる。

 おいおい。

 こんな場所で魔道具を取り出すとは穏やかではないな。

 一触即発の雰囲気を受けて、学食の中は、騒然とした空気に包まれることになった。


「まったく呆れた平民だぜ! これは少しばかり教育が必要なようだなぁ!」

「生意気な劣等眼が! オレたちがボコボコにしてやるよ」


 やれやれ。

あまり目立つような行動は取りたくなかったのだけどな。

 ここは最低限の自己防衛に徹して、穏便に解決を図ることにしよう。


「風撃(ウィンド)!」


 そこで俺が使用したのは、翡翠眼系統の魔術の中でも基礎中の基礎の魔術である風撃であった。

 狙いて敵の足元。

 具体的に言うと学生靴の靴ヒモの部分である。


「死ねえええええ!」


 それぞれ武器を手に取った取り巻きの男たちが一斉に飛び掛かってくる。 

 流石に魔術を使って攻撃するのはまずいと思ったのだろうか。

 3人の男たちは、それぞれ手にした武器を振り翳して攻撃してくる。

 残念。

そんなスピードでは蠅が止まってしまうぞ。

俺は軽く攻撃をいなしながら、素早く取り巻きの男たちの靴紐を爪先で踏み、そのまま転ばせていくことにした。


「ぎゃっ!」「ぐおっ!」「あがっ!」


 バランスを崩した男たちは、立て続けに『指定席』とやらに真っ直ぐ頭から突っ込んでいく。


「人に喧嘩を売るなら、靴ヒモくらいは、確認しておいた方がいいんじゃないか」

「なっ――! 何時の間に――!?」


 知らないうちに解けていた靴ヒモを目の当たりにした男たちは、それぞれ愕然とした表情を浮かべていた。

 やれやれ。

目立たずに敵を無力するというのも骨が折れるものなのだな。

最初に使った風撃は敵の靴ヒモを緩めるために使った魔術だった。

これで周囲の目からは、男たちが勝手にほどけた靴紐を踏んで自爆したようにしか思えないだろう。


「クソッ! 3人の靴ヒモが同時に!? そんな偶然が有り得るのか――!?」


 思いがけず部下たちを瞬殺されたサイバネは、指の爪を噛んで悔しがっているようであった。


「偶然ですって? いいえ。それは違うわ」


 何かを確信したような、自信に満ちた眼差しでエリザは続ける。


「さっきからアベルは、うどんの汁を一滴たりとも零していないのよ」

「…………ッ!」


ふう。流石にエリザには気付かれていたか。

この作戦のキモは、男たちが靴ヒモに足を取られて転んだと見せかけることにあった。

周囲に気付かれないために、それなりに素早く動いたつもりだったのだが、エリザにだけは動きを捉えられていたらしい。


「ウグッ……。いけすかない平民の分際で……!」


 反撃に移ろうとしても、頼みの綱の取り巻きたちは、派手に転んだショックで、伸びあがっている最中である。

 サイバネにできることは、ガリガリと悔しそうに自らの爪に歯を立てることだけであった。


「貴様、覚えておけよ! 期末試験で絶対に恥をかかせてやるからな!」


捨て台詞のように意味深な言葉を残したサイバネは、大袈裟な足音を響かせながら学生食堂を後にする。

はて。

どうして期末試験になると俺が恥をかくことになるのだろか。

そんなことを考えながら俺は、注文したての『きつねうどん』に舌鼓を打つのであった。

 







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