蘇生魔術



「ヒャハハ! その首! もらったぞおおおおお!」



 ふう。その程度のスピードで俺を上回ったつもりでいるのならば、思い上がりも甚だしいな。


《身体強化魔術、脚力強化》


 俺は魔術で身体能力を強化すると、背後を取った気になっているバースの、更に背後を取ってやる。



「なっ――! 消えただと――!?」



 残念だったな。バースよ。

 どうやら俺の動きについて来られないのはお前の方だったみたいだな。



「雹棘砲(アイスニードル)」



 俺は隙だらけになったバースの体に碧眼系統の魔術を打ち込んでやる。 


 慌てて振り返った時にはもう遅い。

 バースの体は氷の楔によって壁と繋がり、身動きが取れないようになっていた。



「くそおおおっ! この出来損ないの、劣等眼がぁぁぁあああああああああああああああああ!」



 力任せに暴れるバースであったが、どうあがいたところで俺の作った氷の楔を振りほどくことはできない。


 当然だ。

 俺の構築した魔術は単なる水属性魔術とは一味違う。 


 黒眼の魔術によって氷の強度が大幅に底上げされているからな。

 戦闘能力に特化した上級魔族ならばともかく、バースのような半魔族が相手ならば十分過ぎるほどの拘束効果を持つだろう。



「さて。バース。最後に何か言っておきたいことはあるか」



 碧眼魔術によって、氷の剣を作り出した俺は一歩ずつ、バースの元に歩み寄る。


 仕方がない。

 あまり気は進まないが、奴を止めるためにはこれしかないだろう。


 魔族の眷属となったバースを止めるには、コイツの息の根を止める以外の選択肢は存在していない。


 黒眼の魔術によって切れ味を強化した氷の剣ならば、痛みを感じさせる間もなく命を絶つことができるだろう。



「止めて!」



 手のした剣を振り上げようとした次の瞬間。

 背後から俺の動きを止めようとする人影があった。

 


「離してくれ。ノエル」


「ダメ……。このままだとアベルが……。人殺しになっちゃうよ」



 はあ。まさかこの俺がそんな心配をされることになるとはな。

 今更語るまでもなく、200年前の俺は数えきれないくらい多くの人間を殺めてきた。


 汚れ仕事は、何時も俺の役回りだった。

 俺は他人がやりたがらない仕事を率先して受けいれることで、どうにか自分の居場所を作ってきたのである。



「バース。お前の魂、取らせてもらうぞ」


「グガガガアアアアアアアアアッ! アベルゥゥゥ! 貴様ァァァァァ!」



 ふうむ。大した執念だ。

 絶対に壊れることはないと思っていた氷の楔はバースの抵抗によって、僅かではあるが、ヒビが入っている様子であった。


 バースよ。


 その熱量をもう少し別のところに使うことができたのならば、お前の人生はもっと豊かなものになっていたのではないだろうか。


 これ以上、時間をかけるわけにはいかない。



 ジュクリッ。


 俺は手にした氷の剣でバースの心臓を貫いた。

 生暖かい血液が頬に付着して、透明の刀身が赤色に染まった。



「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」



 心臓を貫かれたバースは断末魔の悲鳴を上げる。


 バースに限らず、多くの魔族は心臓を弱点としている。


 心臓というのは、全身に魔力を送り込むための役割を果たしている部分があるからな。


 魔族の中には頭部を破壊されても生き長らえる種類のものもいるのだが、俺の知る限り心臓を貫かれて無事だったものは存在していない。


 

「アベル……」



 俺が人を殺したことがショックだったのだろうか。


 力なく床の上に腰を下ろしたノエルは、目尻に大粒の涙を溜めているようであった。



「ノエル。そんな顔はしないでいい」



 やれやれ。

 できればこの魔術だけは彼女の前で見せたくはなかったのだけどな。


 200年前の時代に『禁忌の魔導書』に記した通り、この世界には『蘇生魔術』と言う概念が存在している。


 人間の体は死後間もなくして、魂が体から離れていく性質があるのだが、このタイミングで生命活動を行うに足りる健康な肉体が近くにある場合、魔術によって蘇生することが可能なのだ。



「治癒(ヒール)」



 まずは灰眼の魔術を使ってバースの体を直してやる。

 臓器の修復は灰眼系統の魔術の中でも難易度が上がりがちなのだが、今回に限っては話が別だ。


 もともと俺の作った氷の剣は、バースの肉体をなるべく傷つけないよう極限まで切れ味を強化していたからな。

 この程度の傷口であれば、ものの10秒足らずで直してやることができるだろう。



「アベル……。何をやって……」



 ノエルからすると、俺の行動はさぞや不思議な光景に見えているのだろうな。

 どんなに優れた魔術師であろうとも死んでしまった人間を蘇らせることはできない。


 そう。

 俺がこの魔術を開発するまでは、それがこの世界の常識であった。



「完全蘇生(レイズデッド)」



 俺が魔術を発動するとバースの体は眩いばかりに光を放つ。

 ふう。どうやら上手く行ったみたいだな。


 通常、魔族の眷属というものは、息絶えるまで主に忠誠を誓う性質が存在しているのだ。

 だから俺はバースの魂を一度肉体から引き剥がすことによって、この男を元の人間に戻してやろうと考えたのである。



「信じられない……。心臓が動いている……」



 俺の使用した《蘇生魔術》の効力に気付いたノエルは、驚愕の表情を浮かべていた。

 ふう。


 何はともあれ、誰も傷けることなく問題を解決できたようだな。

 今は意識を失っているバースであるが、直に意識を取り戻すことになるだろう。


 こうして突如としてアースリア魔術学園を襲った魔族騒動は、この上なく平和な幕切れを迎えることになるのだった。




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