バースの襲撃
一方、その頃。
ここはアースリア魔術学園の地下に設立された『秘密図書館』の中である。
学園から特別に秘密図書館の利用権を与えられたノエルは、今日も今日とて大好きな読書の時間に興じていた。
(アベル……。今日も来てくれるかな……)
ここ最近、ノエルの脳裏を焼き付いて離れないのは、勧誘イベントで出会ったアベルという少年の姿であった。
圧倒的な才能というものは時に他者を遠ざけるものである。
幼少の頃より、ノエルには友達らしい友達ができたことがなかった。
だが、アベルは違った。
他でもないアベルだけは自分のことを《偉大なる四賢人》の子孫ではなく、1人の人間として扱ってくれるような気がした。
気付くとノエルは四六時中、アベルのことばかり考えるようになっていたのだった。
キキキキィィィィ!
不意に図書室の外の扉が開く音が鳴り響く。
「アベル!」
期待で胸を膨らませながら入口に向かったノエルであったが、そこで彼女を待ち受けていたのは驚きの光景だった。
「ほう……。お前が噂の『氷の女王』か」
突如として『秘密図書館』の中に上がり込んできたのは、面識のない金髪の男であった。
ノエルの知っている限り、この『秘密図書館』を自由に出入りできるのは、自分を除くとごくごく一部の学園の教師陣と、最近になって知り合ったアベルくらいのものである。
一体何故?
目の前の少年はどうやって『秘密図書館』の中に侵入してきたのか?
ノエルにはそれが分からなかった。
「だ、誰……?」
「そんなことはどうだっていい! 部屋の中を調べさせてもらうぞ!」
肩で風を切るようにして歩くバースは、そのまま秘密図書館の奥に進んで行く。
「ヒャッハー! ナビル様の言う通りだ! どこもかしこも! 有害書物だらけではないか! この部屋は!」
バースは棚に置かれていた本を見定めすることもなく、根こそぎ床にぶちまけていく。
「貴方……。何をやって……!?」
「黙れ! 非国民! ここにある本はなぁ! 全て戦争の道具なんだよぉ! ボクは世界の平和のために、ここにある全ての本を粉砕するんだ!」
腰に差した細剣型の魔道具を抜いたバースは、声を張り上げて訴える。
「風列刃(ウィンドエッジ)!」
次にバースの取った行動は、ノエルに深い絶望を与えるものであった。
何を思ったのかバースは風属性の魔術を使って、床に落ちた本を粉々に引き裂いたのである。
「なっ……!?」
このまま大切な書物を傷つけられていくのを見過ごすわけにはいかない。
そう判断したノエルは、即座に反撃の魔術を構築する。
「氷旋風(アイスストーム)!」
ノエルの使用した《氷旋風》は、広範囲の物体を即座に氷漬けにすることのできる、水属性魔術の中でも構築難易度の高いものであった。
魔道具を使用せずにハイレベルな水属性魔術を自在に操ることができることが、ノエルが『氷の女王』と呼ばれる所以だったのである。
「いない……!」
だがしかし。
絶対に回避が不可能と思われるタイミングで発動したはずのノエルの魔術は、予想外にも不発に終わることになる。
「なに……あれ……!?」
何故ならば――。
体から伸縮自在の蜘蛛の糸を伸ばしたバースは、間一髪のタイミングで天井に張り付くことに成功していたからである。
豹変したバースの姿を目の当たりにしたノエルは恐怖していた。
カサカサ。
カサカサ。カサカサ。
人間の姿を捨てて、半身に魔物の姿を宿したバースは8本の手足を駆使して、天井を這い回っていた。
「クッ……! 雹棘砲(アイスニードル)!」
「ハッハッー! 遅い遅い!」
蜘蛛の糸を伸ばして素早く動くバースに魔術を当てることはできなかった。
ノエルの使用した雹棘砲は、標的から外れて次々と天井に突き刺さっていく。
「どこを見ている! このノロマがっ!」
「しまっ――」
振り返った時にはもう遅い。
バースの毒牙が今まさにノエルの首筋を捉えようとしていた瞬間であった。
ガキンッ!
突如としてバースの体には、無数の氷の弾丸が打ち込まれることになる。
「フガアアアアアアアッ!?」
不意に一撃を受けたバースは、堪らず床の上をゴロゴロと転がり回る。
「ふう。なんとか間一髪、間に合ったようだな」
唐突な展開を受けたノエルは、瞬きをすることすらも忘れて、ただただ呆然とすることしかできなかった。
何故ならば――。
そこにいたのは、ずっと待ち焦がれていた憧れの人、アベルの姿だったからである。
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