魔力探知


 授業を抜け出した俺が真っ先に向かった先は、一年生が生活している宿舎の2階であった。


 ここ最近のテッドは、上級生に連れ回されて、複数の見学会に参加していたらしいからな。


 案外、疲労が貯まって、ベッドの上で熟睡しているのかもしれない。



「テッド。入るぞ」



 ノックをするが、返事はない。

 実のところ、この時点で俺は部屋の中にテッドがいないことに気付いていた。


 んん?

 これは一体どういうことだろう。


 玄関の中には、テッドが普段使いをしている学生靴が置かれたままであった。


 部屋に下げられたハンガーには、俺が付与魔術を施してやった学生服が立てかけられたままになっている。

 

 ふうむ。

 これはまずいことになったな。


 おそらくこの様子だとテッドは昨夜、寮に戻っていないようだ。



 見学会に参加している途中に何かしらの事件に巻き込まれたのだろうか?



 十分に考えられる。

 子供の頃からテッドは無駄にエネルギーがあって、トラブルを招くことが多かったからな。


 仕方がない。


 魔力探知はあまり得意ではないのだが、テッドの気配を探ってみることにするか。


 俺は体内の魔力を薄く引き伸ばして、体の周りに魔力の膜を作っていく。

 

 この魔力の膜を少しずつ拡大させて、生物の気配を探知するセンサーを構築するのが、魔力探知の基本技術となっている。


 だが、この魔力探知の技術には幾つか欠点がある。

 一度対外に放出した魔術は体内に取り込むことができなくなるので、探知範囲を広げれば広げるほどに疲労感がドッと増すことになるのだ。


 全盛期の俺であれば、10キロ先の生物の気配を探ることも可能だったのだが、この子供の体では精々その5分の1くらいが限度である。



「……見つけたな」



 暫く学園の中を探っていると、テッドらしき魔力の気配を確認することができた。

 

 ふうむ。

 どうやらテッドは木の上に1人で取り残されているようだ。


 身動きが取れなくなっていることから察するに、何か理由があって降りることができなくなっているのだろう。

 

 はあ。

 相変わらずに世話の焼ける男である。


 無事にテッドの居場所を突き止めた俺は、さっそくテッドの様子を見に行くのだった。



 ~~~~~~~~~~~~



 んん? これは一体どういうことだろう?

 目的の場所に到着した俺を待ち受けていたのは、予想の斜め上をいく奇妙な光景であった。



「ふがぁぁぁ! ふがががががががぁぁぁあああ!」



 テッドの体を覆っているこの物体は『蜘蛛の糸』だろうか?

 蜘蛛の糸を全身に受けて『ミノムシ』のような状態になっていたテッドは、ブンブンと体を揺らしながらも大声を上げているようだった。


 仕方がない。

 何はともあれ、まずはテッドを覆う蜘蛛の糸を取り払ってやらないとな。

 


「風列刃(ウィンドエッジ)!」



 俺は魔術を使って、テッドの周囲に微弱な風の刃を発生させる。


 ふうむ。少し驚いたな。


 この蜘蛛の糸は明らかに自然に発生したものではない。


 魔力によって強度が格段に上がっており、凡百の魔術師が使用する魔術では傷一つ付かないようになっている。


 だがしかし。

 無論、俺の使用する魔術であれば、その例には当てはまるはずはない。


 俺が『切れ味強化』の追加構文を施してやると、鋼のように固い蜘蛛の糸はガリガリと音を立てて削れて行くことになった。



「し、師匠ですか!? た、助かったッス~!」 



 地面に落下して大きく尻餅を突いたテッドは、こちらの方を見て何やらホッと胸を撫で下ろしているようであった。


 

「テッド。一体ここで何があったんだ?」



 どう考えても、この蜘蛛の糸は一介の学生に作れるものではない。

 俺のいた時代にこれほど強力な糸を生成できるのはハイクラスの魔獣か、それこそ上級魔族くらいのものであった。



「それが大変なんスよ! 兄ちゃんが、兄ちゃんが……」


「なんだ。バースがどうかしたのか」



 気になるな。以前に再会を果たした時のバースは『反魔術』の理念に染まり、別人のように豹変をしていた。


 もしも今回の事件にバースが関わっているのだとしたら、余計に面倒なことになりそうな気がする。

 

 だがしかし。

 次にテッドの放った一言は、俺の予想を遥かに上回るほどの衝撃的なものであった。

 


「ば、化物に取り憑かれてしまったッス~!」



 んん? コイツは一体何を言っているのだろうか?


 人間が化物に取り憑かれるなどということは、俺のいた200前の時代ですらも過去に前例のないものであった。


 だがしかし。

 テッドが意味のないウソを吐くような人間ではないことは、他ならない俺が一番よく知っていることでもある。


 だから俺はひとまずテッドから詳しい事情を聞くことするのだった。




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