テッドの欠席
さて。何時もと変わらない退屈な朝の授業である。
「即ち、魔術式における追加構文とは、元となる基本魔術に新たに構築した式を代入することによって、性能を拡張させる技術を指したものであり……」
教壇の上に立って講義を進めているのは、30代後半の団子鼻の教師である。
はあ。
しかし、この教師が行う授業は退屈過ぎて叶わないな。
以前から思っていたのだが、この教師は、早口で説明をして、生徒を振り落とすことがハイレベルな授業であると思い込んでいるフシがあるようだ。
何時ものように生徒たちは、授業の内容に付いていこうとノートを取るために必死になってペンを走らせていた。
実に非効率的な光景である。
授業の本質とは与えられた問題を理解、学習することにあって、ノートを取るためのものではないのだけどな。
だがしかし。
何時もと変わらない退屈な授業の中にあって、1つだけ気になることがあった。
ふうむ。
そう言えばテッドのやつ、今朝から姿を見せていないな。
アイツが遅刻をするとは珍しい。
最初は『体調不良か?』とも思ったが、それにしては様子がおかしい。
俺の記憶する限り、テッドはこの二年間、風邪らしい風邪を引いたことがないのだ。
あの、頑丈さだけが取り得のテッドが、いきなり授業を欠席したりするだろうか。
仕方がない。
あまり気乗りはしないが、テッドの部屋に行って少し様子を見に行くことにするか。
「失礼。ちょっといいですか」
「なにかね。ミスターアベル。また私の授業を妨害する気か?」
はあ。妙な言いがかりは止めて欲しいものである。
この教師は何かと俺に対して恨みを抱いているようで、唐突に難易度の高い問題 (もっとも、この時代の学生レベルの話であるのだが)を俺にぶつけてきたりするのだ。
その度に俺が普通に答えを出してしまうのだから、益々と恨みを買うことになり、悪循環を招いているのである。
「体調が優れないので、少し席を外したいのですが……」
俺の言葉を受けた団子鼻の教師は、『してやったり』と言わんばかりの鼻を鳴らす。
「ミスターアベル。残念ながら、ワタシの授業では途中退席は認められていないのだよ。体調が悪いということであれば、せめて専属医師の診断書くらいは頂かないとね」
はあ。今時、珍しいくらいに傲慢な教師がいたものだな。
一体どんな利点があって、この無意味なルールを設定しているのだろうか。
「シットダウンプリーズ。余計な邪魔が入ったが、授業を再開するよ」
仕方がない。
できれば手荒な真似はしたくなかったのだが、手段を選んでいられるような状況ではないな。
こちらが退席できないのであれば、この男に退場してもらうまでである。
俺は目の前の教師に視線を向けると、可能な限り手心を加えた殺気を飛ばしてやる。
「アガッ――!」
ふう。どうやら上手くいったみたいだな。
俺の殺気を受けた団子鼻の教師は、教壇の上に蹲り、自由に身動きが取れないでいるようであった。
「な、なんなのだ。これは――!?」
団子鼻の教師は、何が何だか分からないといった感じの表情で困惑しているようであった。
人間に限らず、自然界に存在する多くの生物には、『恐怖に晒された際、体が硬直して動かなくなる』という習性が存在している。
何故ならば、捕食者に遭遇した際には、動かない方が生き残れる可能性が高いからだ。
俺はこの習性を利用して、この男をそれとなく教室の外に出してやろうと考えたのである。
「先生。どうかしましたか? 顔色が優れないようですが……」
このタイミングで俺は殺気を放つのを止めて、素知らぬ顔で質問を投げる。
この教師は一時とは言っても、俺の放つ殺気を浴びていたのだ。
暫くは普通に授業を送ることは困難だろう。
「うぐっ。手足の震えが止まらない。頭痛も酷いし、最悪の気分だヨ……」
教卓に手を置いてバランスを取り、やっとの思いで立ち上がる。
かなり体調を崩しているようにも見えるが、実際のところは問題ないはずだ。
何と言っても少し殺気を当てただけだからな。
少し横になれば、たちどころに元の調子を取り戻すことができるだろう。
「生徒諸君! ワタシは体調が優れないので、これより授業を中断する! 自習だヨ! 自習!」
ふう。やれやれ。
なんとも自己中心的な教師がいたものである。
この男、生徒の途中退席は認めない癖に自分は平気で退室をするのだな。
だが、これで俺の退室を邪魔するものはいなくなった。
暫くタイミングを見計らった後、俺は教室を後にする。
「アベル君。体調、大丈夫なのかな……」
「どうしよう。私、後で看病に行っちゃおうかな~」
俺が教室を出ると一部の女生徒たちから、そんな声が上がっていた。
やれやれ。
少々強引な方法で授業を抜けたせいで、妙な注目を浴びてしまったようだ。
テッドよ。この貸しは少し高くつくぞ。
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