不吉な影

 改めて考えてみると、奇妙な光景である。

 まさか200年前に共に行動をした仲間たちの子孫と、こうして顔を突き合わせて同じテーブルに着くことになるとは、当時の俺は夢にも思っていなかった。


 風の勇者ロイ、火の勇者マリア、水の勇者デイトナ、灰の勇者カイン。


 これは後になって知ったのだが、魔王討伐時に俺と同行していた4人の勇者たちは後に《偉大なる四賢人》と呼ばれ、歴史上の偉人として多くの人々の語り草となったようである。



「……大体、事情は分かった。エリザは研究会を探している。ワタシの研究会に入れて欲しい?」


「ああ。そんな感じだ。頼まれてくれるか?」


「ん。アベルのしたいようにするといい。ワタシはアベルの決めたことに従うだけ」



 やれやれ。まだ出会ってから間もないというのに随分と懐かれたものだな。

 どうやら俺は知らないうちに、ノエルからの信頼を得ていたようである。



「その代わり、1つ条件がある」


「なんだ。言ってみろ」


「エリザじゃない。他でもないワタシのことを一番に見ていて欲しい」



 俺の手をギュッと握りながらもノエルは言った。


 やれやれ。いくら俺に魔術の教えを乞いたいからといってスキンシップが過ぎるんじゃないか。


 年頃の、嫁入り前の娘が男の体にベタベタと触れるのは感心しないな。



「ちょっと! ど、どうして貴方がアベルの手を馴れ馴れしく触っているのよ!」


「エリザは黙っていて。ワタシとアベルの仲なら、これくらい何も問題はない」



 エリザに対して挑発するような態度を取ったノエルは、俺の腕を取って益々と俺に密着度を上げてくる。


 だが、ノエルが必死になる気持ちは理解できる。

 ここ最近の俺は古代魔術言語を教えるのに付きっ切りだったからな。


 おそらくノエルは、エリザの加入によって、俺が勉強を教えられる時間が減ると考えたのだろう。


 ノエルの学習速度は、それなりに優秀で、今となっては『禁忌の魔導書』の内容のうち2割程度は解読できるようになっていた。


 このまま順調にいけば、ノエルが『禁忌の魔導書』に書かれている『蘇生魔術』の概要を理解する日も、そう遠くはなさそうである。



「うう~。アタシだって! アタシだって~!」



 そこで少し予想外のことが起こった。

 何を思ったのかノエルに対抗をしてエリザでもが、俺の腕を取って体を寄せてきたのである。


 やれやれ。

 2人とも学習意欲が高いのは結構なのだが、流石に体を密着させ過ぎではないか。


 いくら子供の体とは言ってもエリザ&ノエルは格別な美少女である。


 相手が俺だからこそ平静でいられるのだ。

 あまり好きでもない男の前で隙を見せるのは感心しないな。

 

 と。


 俺が異変を察知したのは、そんなことを考えていた直後であった。



「――――ッ!」


 

 不吉な気配を感じた俺は、2人の体を突き放すと、氷の魔術で作ったナイフを壁に向かって投げつける。


 ストンッ!


 俺が仕留めたのは体長10センチを超えようかという巨大なクモであった。

 氷のナイフによって抉られた巨大グモは、紫色の体液を噴き出しながら絶命していた。



「「えっ……?」」



 やや遅れて異変に気付いたエリザ&ノエルは、俺が仕留めた蜘蛛の元に駆け寄っていく。



「……おっきい蜘蛛?」


「この辺ではあまり見かけない種類ね。誰かが飼っていたものが逃げ出したのかしら?」



 呑気にも2人はそんなコメントを残していたが俺の中の見解は違っていた。


 間違いない。

この蜘蛛は魔族の眷属である。


 上位の魔族は他の生物に自らの『血』を与えることによって、召使として自在に操ることができるのだ。


 だが、気になるな。


 一体何故?

 どうしてこんなところに魔族の眷属が放し飼いになっているのだろうか?


 今回の一件を通じて俺は、拭いようのない不吉な予感を抱くのだった。

 

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