バースの変貌
一方、その頃。
ここはアースリア魔術学園の中でも取り分け多くの学生たちが行き来すると言われる『中央広場』と呼ばれる場所であった。
「我々『魔滅研』は今まさに大いなる光に包まれようとしている! 世界を変革に導き、共に新しい世界を切り開くのだ!」
黒色のローブを身に纏い、新入生たちの前で声を荒げている少年の名前はバース・ランゴバルトである。
AMOに下部組織である『魔術撲滅研究会』に所属するバースは、朝の早い時間帯から勧誘活動に励んでいた。
「なに今の……」
「さあ。AMO関連の連中じゃない? ほんと、最近増えてきて本当に鬱陶しいよなー」
新入生たちは口々にそんな会話を繰り広げながら通り過ぎていく。
(クッ……。まずいことになったぞ……。このままでは『あの方』に顔向けができない……)
勧誘イベントに出ているバースは、なかなか結果を出すことができずに焦りを覚えていた。
国内では増加傾向にある『反魔術』の理念であるが、魔術学校の中においては未だにマイノリティの立場にあった。
多くの生徒たちはバースに憐憫の視線を向けており、ロクに取り合おうとはしなかったのである。
頭を抱えたバースが研究室に戻ろうとした直後のことであった。
「やぁ。バース。どうかな。調子の方は?」
突如として背後から声をかけられる。
その男の姿を見た途端、バースの顔色は徐々に蒼白なものになっていた。
「ナ、ナビル様……。どうしてこのようなところに……」
その男、ナビルは世界最大の反魔術組織AMOの支部局長を務める男であった。
本来、アースリア魔術学園は関係者以外の立ち入りを認めていない。
学園の内外には、部外者の侵入を感知する様々なセキュリティが敷かれているはずであった。
だがしかし。
AMOの中でもトップクラスの戦闘能力を有したナビルにとって、学園のセキュリティを突破するなど容易いことである。
魔術を使用して、あらゆるセキュリティを突破するナビルは。神出鬼没の存在として、その名を知られていた。
「そんなことはどうでもいい。それよりバース。ワタシと交わした約束を覚えているかい」
「…………」
ナビルに問われたバースは、視線を下げて俯いてしまう。
AMO下部組織の魔術撲滅研究会に所属するバースは、ナビルより厳しい勧誘ノルマを課せられていた。
だがしかし。
勧誘活動は予想以上に困難を極めて、与えられたノルマの半分すらもこなせていなかったのである。
「申し訳ありません。ナビル様……。実のところまだ……アグゥゥゥウウウウウウウウウウウッ!」
息が苦しい。
首回りが圧迫されて、上手く言葉を紡ぐことができない。
何時の間にかバースの体は目に見えない糸のようなものに引っ張り上げられることになり、宙に浮くことになっていた。
「残念だよ。バース。キミには期待をしていたけどね」
「あぐぐぐっ。お、お許し下さい。ナビル様……」
目に涙を浮かべながらもバースは命乞いをしていた。
入学当初、外部生という立場に加えて、プライドの高いバースは学園の中でイジメの対象となっていた。
学園の中にはバースの居場所はどこにもない。
そんなバースにとって、ナビルの存在は唯一にして無二のものになっていたのである。
「ふふふ。そうだな。キミに最後のチャンスをあげよう」
そんなバースの心情を悟ったのだろうか。
ナビルはバースの体を縛る『見えない糸』を解除すると、一転して笑顔を浮かべて囁いた。
「バース。ワタシはキミに新しい特別な仕事を与えることにするよ」
次の瞬間、バースは自らの足元に違和感を覚えた。
カサカサ。
カサカサ。カサカサ。
突如としてバースの革靴を無数の黒色の生物が覆った。
それは体長十センチにも満たない小型の蜘蛛である。
何処からともなく現れた小蜘蛛は、瞬く間の内に数を増して、バースの体を這い上がっていた。
「ナ、ナビル様。これは一体……?」
「安心するといい。苦痛を覚えるのは最初だけだ。きっと直ぐに良くなるはずだよ」
次の瞬間、バースの全身に激痛が走る。
這い上がってきた無数の小蜘蛛がバースの体内に毒液を送り込んだのだ。
何時の間にかバースの視界は、這い上がってきた小蜘蛛によって遮られて、塗り潰したかのように黒く染まっていた。
「うわっ。うわああああああああああああああああ」
助けを求めたところで、今のバースに救いの手を差し伸べるものは誰もいない。
それから暫くの間、バースの悲鳴が夕暮れの空に響き渡るのだった。
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