禁忌の魔導書



「アベル。ずっと待ってた」



 俺が研究室に到着をすると、中で待機をしていたノエルが心なしか嬉しそうな様子で駆け寄ってくる。


 やれやれ。

 この様子だと、まるで人懐っこい子犬のようだな。


 どうやら知らない間に俺は、随分とノエルに懐かれていたらしい。



「約束通り来てやったぞ。それで俺に一体何のようだ?」


「今日はアベルに見せたいものがあって……。家から持ってきたの」



 そう言ってノエルが箱の中から取り出したのは1冊の本であった。


ほう。よくよく見るとこの本、かなり異様な形状をしているな。


表紙のところどころには火で焼いたような焦げ跡が残っており、保存状態はお世辞にも良好とはいえない。


 本全体には魔力の込められた鎖によってグルグルに巻き付けられて、簡単に開けないようになっていた。



「この本は……?」


「禁忌の魔導書(アカシックレコード)。家の人はそう呼んでいた」


「…………!?」



 禁忌の魔導書。

その本の名前は、200前の時代から転生したばかりの俺でも噂に聞いたことがあった。 


 何でも今から百年以上も前に『禁忌の魔導書』を巡って、人類の間で幾度となく戦争が起こったらしい。


 曰く。

 その本に書かれている魔術は、習得すれば世界すらも手中に収めるほどの力を手に入れることができるほどのものなのだとか。


 まさに最悪にして災厄の1冊と呼ぶに相応しい代物である。



「どうしてそんなものを?」


「それは……アベルが200年前の本を探しているって言っていたから……」



 はあ。そういうことを聞いていたわけではないのだけどな。


 しかし、驚いたな。

 こんな貴重な本を個人で所有しているノエルの家庭事情が気にかかる。


 どこかの大貴族か、はたまた王族の生まれなのか?


 いずれにしても他の生徒たちとは一線を画する、特別な家庭で生まれ育ったのだろうな。



「……もしかして迷惑だった?」



 蒼色の瞳に不安の色を宿しながらもノエルは言った。


 無論、そんなことは微塵も思わない。


 むしろ逆である。

 何を隠そう前世の俺は無類の本好きで、稼いだ金額の大半を書籍に注ぎ込んでいたほどの読書マニアだったからな。


 歴史を歪ませたほどの力を秘めた呪われた魔導書が、果たしてどんな内容なのか興味がある。



「それ、見せてくれるか?」


「ん……。アベルにだけ。特別に見せてあげる。ワタシの宝物」



 そう言ってノエルは、本に巻かれた鎖を外してページを開く。


 ほう。なかなか精細に書かれた魔術式だな。

 ところどころ焼け焦げており、内容を完全に解読することができないが、書かれている内容がそれなりに高いものであることは推し量れる。


 200年前の時代でも、これほど煩雑な魔術式を描くことができるのは俺くらいしかいなかった。


 ……。

 …………。


 というか、この筆跡どこかで見覚えがあるな。

 

 はあ。なんということだろう。


まさか禁忌の魔導書の著者が他ならない『俺自身』だったとは流石に思いも寄らなかった。



親愛なる戦友 デイトナへ



本の最終ページを捲ると、そこには懐かしい名前が書かれていた。



「もしかしてこの本はノエルの祖先から受け継いだものなのか?」


「ん。家の蔵にあったのを持ってきた。この本は200年前にワタシの祖先が、尊敬する凄腕の魔術師にもらったものみたい。どうしてアベルが知っているの?」

「そうか。なるほど。そういうことだったのか……」



 懐かしい代物を発見した俺は、そこで過去の記憶を辿ることにした。

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