少女たちのお茶会

 一方、時刻はアベルたちが勧誘イベントに参加するより少し前に遡る。

 ここは学生たちが集う王都の西区画の中でも、ひっそりとした裏通りに構えられた喫茶店である。

 

 茜色の髪を持つ少女、エリザは、注文カウンターでコーヒーを受け取ると友人が席に到着するのを待っていた。



 この場所はエリザのお気に入りの喫茶店である。



 もともとは王都で宮廷料理人を務めていた女性が、定年後に趣味で開いたかのような店であり、客入りに関しては、お世辞にも繁盛しているとは言い難い。


 けれども、良質な洋菓子が手軽な価格で味わえることから、一部の女生徒たちの間では『知る人ぞ知る名店』として、認知されるようになっていた。



「お待たせしました! エリちゃん~!」


 

 トレイの上に色とりどりの洋菓子を載せてエリザの前に現れたのは、同じクラスに所属する黒髪黒目の少女、ユカリである。


 同じ外部生同士、話が合う部分も多かったのだろう。

 先日の、体育の時間に行われた『ハウント』の一件以来、ユカリはすっかりエリザと打ち解けるようになっていた。



「あれれ? エリちゃん。お菓子、注文していなかったのですか?」



 席に到着するなりユカリは、強烈な違和感を抱くことになっていた。


 ユカリの知る限り、エリザの食欲は底なしである。


 特に『甘いもの』となると、エリザは同性として少し心配になるくらいの量をペロリと平らげてしまうのである。


 だが、今はどうだろうか。


 エリザがトレイに載せていたのは砂糖すら入っていないコーヒーのみであり、普段のような食欲が微塵も見られなかった。



「ねえ。ユカリ……。実はね。相談したいことがあるのだけど……」


「えっと……。なにかな?」



 普段は明るく勝気な性格をしたエリザにしては珍しい。

 何時になく深刻なトーンで切り出されたので、ユカリは思わず身構えてしまう。



「見ちゃったの……」


「え……?」


「アベルが……女の人とキスしているところ……見ちゃったの……」



 それから。

 エリザはユカリに対して、先日に目撃した光景を説明することにした。


 事の発端は今から数日前に遡る。

 その日、エリザはアベルと王都観光という名目のもと、念願の初デートを実施していた。


 だが、エリザにとっての至福の一時は長くは続かなかった。


 ひょんなことからアベルの部屋を訪れることになったエリザは、そこでアベルが大人の女性と唇を重ねている現場を目撃してしまったのである。


 相手となる女性がリリス、という女教師であることは直ぐに分かった。

 学園に赴任してからまだ日の浅いリリスであるが、彼女の持っている『人間離れした美貌』は瞬く間の内に彼女の知名度を押し上げていたのである。



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