リリスの弱点
「おい。一体何を……」
「アベル様……。失礼いたします」
尋ねようとすると唐突に唇を塞がれる。
俺の口の中には、仄かに甘い香りが広がることになった。
「はぁ……。んちゅっ……。アベル様……」
ふう。この女の辞書にはTPOという言葉はないのだろうか。
学校の中では、こういう真似をするなと口を酸っぱくして言っていたはずなのだけどな。
俺たちが男女の関係を持っているということは、未だ誰にも打ち明けたことのないトップシークレットである。
当然、これから先も誰かに話すつもりはない。
何故ならば――。
現在の俺たちの関係は教師と生徒。
男女の関係を持っていることが周囲に知られれば、面倒事な事態に発展しかねないからな。
「ねえ。見てアレあそこにいるのってリリス先生じゃない?」
「本当だ。何をやっているんだろう」
はあ。さっそく好ましくない事態に陥ることになってしまったな。
木陰に隠れているとは言っても、俺たちは姿を完全に隠せているわけではないのだ。
不審に思った女生徒たちがコツコツと足音を響かせて俺たちの傍に近づいてくる。
やや遅れて女生徒たちの接近に気付いたリリスは、慌てて俺から唇を離す。
「アベル君。何度も言っているでしょう。外出の際は事前に届け提出するようにと。いいですか。前々から思っていたのですが、貴方には伝統あるアースリア魔術学園の生徒という自覚が足りていません。そもそも……」
やれやれ。
この女、よくもまあ咄嗟にポンポンと口から出まかせを言えるものである。
どちらかというと学園の教師としての自覚が足りていないのは突然、生徒に手を出してきたお前の方だと思うぞ。
「なあんだ。お説教か」
「ちょっと。何を想像していたのよ。まあ、実を言うと私も少しだけ期待はしていたけどね」
それから。
俺が単に注意を受けているだけだと捉えた女生徒たちは、何事もなかったかのようにその場を引き返していく。
「何を考えているんだ。いきなり」
はあ。
流石の俺も肝を冷やしたぞ。
早期に気付くことができたので今回は難を逃れたが、もう少しタイミングが遅れていたら大惨事になっていただろう。
「申し訳ありません。唐突にアベル様とスキンシップを取りたくなってしまいまして」
澄ました顔で言ってくれるな。
そこで俺は考える。
どうしてリリスは急にキスをしてきたのだろか。
まあ、いくら前世で恋愛経験に恵まれなかったからと言って、ここで答えに窮するほど俺は鈍くもない。
おそらくリリスは俺がエリザと外出することを知っていて、ヤキモチを焼いていたのだろうな。
「言っておきますが、別に嫉妬ではないですからね」
俺の考えていること察してか、唐突にリリスが釘を刺してきた。
「なんだ。嫉妬か」
「嫉妬ではありません」
「珍しいな。お前が動揺しているところを久しぶりに見たような気がするぞ」
「と、ともかく。外出届けは受理しましたので、くれぐれも気を付けて外出をしてください」
それだけ言うとリリスはクルリと踵を返して、逃げるようにして俺の元から離れていく。
ふう。
これは意外な弱点を発見してしまったな。
普段は澄ました表情のリリスであるが、自分が嫉妬していると思われることに対しては異様なまでに羞恥心を覚えるらしい。
何故だろう。
不覚にも俺は、この時リリスのことを少しだけ『可愛らしい』と思ってしまうのであった。
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