トレーニングルームでの出来事
授業が終わって放課後。
ストレスを抱えたフェディーアが真っ先に向かった先は、学園地下に設立されたトレーニングジムであった。
常に己の体と向き合う灰眼の魔術師は、『筋力トレーニング』にハマる人種が多いのである。
(クソッ! クソッ! あのデブ教師が! 人をバカにして!)
悪態を吐いたフェディーアは、片側40キロあるバーベルを一心不乱に上げ続ける。
学生時代からフェディーアは、決してモテないわけではなかった。
だが、自身のストイックな性格が災いをしてか、なかなか異性と交際にまで発展する巡り合うことができず、いよいよ『行き遅れ』と呼ばれる年齢に差し掛かることになっていたのだ。
(何が素敵な人だ! 適当なことを言ってくれる!)
フェディーアも今年で27歳。
理想と現実の折り合いを付ける術くらい心得ている。
ある日突然、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるはずがないと、重々に理解をしていつもりだった。
(ええい! こうなったら今日は徹底的に体を鍛えるぞ!)
筋肉は良い。筋肉だけは自分を裏切らない。
厳しい現実に直面したフェディーアは、益々と趣味である『筋力トレーニング』に傾倒するようになっていた。
(おや……。この音は……?)
半ばヤケになりながらもバーベルを上げていると、近くで規則正しく靴音を響かせる音がした。
もしやと思って視線を移すと、そこにいたのはランニングマシーンを使ってトレーニングを続けるアベルの姿があった。
(……また彼か。ここのところは毎日いるようだな)
感心である。
最近の学生たちは運動を嫌ってか、体力トレーニングを疎かにする傾向があるのだが、どうやら彼に関してはその例に当てはまらないようだ。
それにしても不思議な少年である。
アベルの使用しているランニングマシーンは、ジムに置かれているものの中でも最も負荷が高いものだったのだが、当の本人はというと全く苦にしておらず、澄まし顔の様子であった。
(……美しいフォームで走るのだな。細身ではあるが、体のラインも鍛え上げられていて非の打ちどころがない)
おそらく学園に入学する前から日常的にトレーニングを積んでいたのだろう。
アベルの美しいシルエットは、筋肉マニアのフェディーアをも唸らせるものであった。
(……と。いかんいかん。私としたことが、何を見惚れているのだ!)
いくらアベルという少年が大人びていると言っても、自分とは一回り以上歳が離れているのである。
生徒のことを1人の異性として見るのは御法度だろう。
そんなことを考えていた時、悲劇が起きた。
ズルリッ。
集中力が切れたフェディーアは汗でバーベルを滑らせて、体の上に落としてしまったのである。
「なっ――!?」
迂闊だった。
フェディーアが日常使いしているバーベルは総重量100キロに迫るものであり、直撃すれば魔力で体を強化してもケガは避けられそうにない。
「大丈夫ですか? 先生」
「…………!?」
しかし、直後に信じられないことが起こった。
驚いて視線を移すと、平然とした表情のまま、ひょいと片手でバーベルを持ち上げるアベルの姿があったのだ。
フェディーアの使用しているバーベルは、大の男が2人がかりでも持ち上げることが難しいものである。
一体何故?
この細身な体の何処にこれほどまでの筋力が蓄えられているというのか?
フェディーアにはそれが分からなかった。
「あ、あの……。あ、あ、あ……」
一言『ありがとう』と言いたいだけなのに、アベルのこと見ていると緊張で上手く言葉を紡ぐことができない。
「らしくないですね。今日の先生は集中力を欠いているように見えましたよ」
「…………」
アベルの指摘を受けたフェディーアは、カァァァッと頬を赤らめていく。
「み、見ていたのか?」
「ええ。この時間にジムを使うのは俺と先生くらいですからね」
フェディーアは1つ勘違いをしていた。
彼女の眼から見てアベルは、誰に対しても無関心で、他人の姿など視界に入らないような少年に映っていた。
しかし、実際は違った。
アベルはフェディーアのことを認知しており、危機に陥れば、助けに入る程度には彼女のことを気にかけていたのである。
「その……。な、なんだ……。あ、ありがとう……」
ようやく感謝の言葉口にできたのは良かったのだが――。
何故だろう。
今回の一件により、フェディーアは益々と婚期を逃してしまうような予感を覚えるのだった。
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