付与魔法の効果

「おい! コラ! 何とか言ったらどうだよ。出来損ないの劣等眼が……」


「師匠のことを悪く言うなあああぁぁぁ!!」



 ぬおっ。おいおい。テッド。

 せっかく俺が場を収めてやろうと考えていたのになんていうことをするんだよ。


 テッドはその小さな体を目一杯使って、内部生の一人に頭突きを食らわせにかかる。



「グハッ!」



 あちゃ~。これは取り返しのつかない事態になったぞ。

 魔術の才能こそないものの、テッドの身体能力は俺が『それなり』だと認める程度にはある。 


 テッドの頭突きを食らった内部生は、完全に伸び上がっているようだった。



「クソっ! やっちまえ!」


 

 迂闊なテッドの行動が引き金になった。

 内部生たちは大きく拳を振り上げて、テッドに向かって飛び掛かる。


 異変が起きたのはその直後だった。



「うぎゃっ」「へぼっ」「ぬがっ」



 俺がテッドの制服に対して施した《刻印》が発動したのだろう。

 テッドの制服に触れた内部生たちは、次々に吹っ飛んでいく。



「ヤ、ヤバイぞ! こいつっ!」


「おいおい。一体何がどうなってやがる!」



 いや。テッドじゃないんだがな。

 こいつらがバカスカ吹っ飛んでいるのは、俺がテッドの制服に施した《刻印》の影響である。


 断言するが、テッドの制服に施した刻印は至って平凡なものである。

 極めて簡素な《物理反射》の刻印を施しておいただけなのだが、もともとのレベルが低い内部生たちには効果てきめんだったらしい。



「クソッ! 一旦撤収だ!」



 なんとも分かりやすい捨て台詞だ。

 訳も分からないままにダメージを受けた内部生たちは、俺たちの元を離れていく。


 しかし、驚いたな。

 まさかこの学園に通う生徒のレベルが、俺の施した簡易的な《刻印》1つに負けるレベルだとは思いもよらなかった。


 なんてことだ。

 あまりのレベルの低さに恐怖心すら芽生えてきたぞ。



「し、師匠! 何もしていないのに相手が吹っ飛んだんッスけど! オレ、凄くないスか!? まさかオレの内なる力がついに目覚めたんスか!?」


 

 目覚めてない。

 お前も込み込みで低レベルにも程がある。



「ちょっと! ドングリ! その制服、一体何なのよ!?」



 この場にいた人間の中で、刻印の効果に気付くことができたのは、せいぜいエリザくらいか。


 それにしてもドングリっていうのはテッドの呼び名か?

 たしかにズングリと丸みを帯びた体形のテッドは、どことなくドングリを彷彿とさせるものがあるが、その呼び方はポイズンパーチとレベルが変わらない気がするぞ。



「え? 自分の制服がどうかしたんスか!?」


「信じられない。こんな精緻な刻印を見るのは初めてだわ……!」


「そんなに凄いんスか、これ?」


「凄いなんてもんじゃないわよ! 施された刻印の数が普通じゃない……!一体どこの付与魔術師に依頼したの!?」




 流石は火の勇者、マリアの子孫と言ったところか。

 どうやらエリザは黒眼系統の魔術にも精通しているらしい。


 ともあれ俺が刻印したことが知られれば、何かと面倒なことになりそうな気がするな。

 俺はテッドに向かって『俺が付与したことは黙っていろ』と、アイコンタクトを送る。


 テッドは俺の合図に気付いたのか、軽く首を縦に振っていた。



「もちろんそれは師匠ッスよ! どうやら師匠は付与魔術の腕前に関しても一流で……」


「行くぞ。このバカ」


「モガァ……モガァ……!」



 ふう。テッドに空気を読めることを期待した俺がバカだった。


 しかし、付与魔術に関しては俺も反省すべきところがある。

 学生向けにかなりレベルを落としたと思っていたのだが、結果的に注目を浴びることになってしまったな。


 俺にとっての『普通』は、この世界にとっての『普通ではない』のである。改めて頭に叩き込んでおこう。


 これから先、平穏な学園生活を送るためには、周囲のレベルに合わせて行動していくことが大切だろう。



「アベル……。本当に貴方は一体……何者なのよ……?」



 俺が踵を返して撤収すると、背後からエリザの声が聞こえたような気がした。


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