ポイズンパーチ

 それから。

 無事に自分の分の刻印作業を終わらせた俺は部屋の中で一息を吐いていた。


 久しぶりに付与魔術を使ったせいか、ドッと体に疲れが溜まっている。


 刻印を付与する作業は、地味に通常の魔術よりも集中力を必要としているのだ。


 よし。寝よう。

 どうせ明日の始業式まですることがなさそうだしな。


 日当りの良い南向きのこの部屋は、昼寝をするには都合が良さそうだ。

 

 俺がクローゼットの中から枕を取り出した直後だった。



「ふざけるな! お前、何処までオレたちのことを侮辱すれば気が済むんだ!」


 

 突如として廊下の方から何者かの罵声が聞こえてきた。


 誰だ? 人の睡眠を邪魔する奴は?


 無視して眠りに入ることも考えたが、男たちの口汚い言葉は一向に収まる気配がない。


 何事かと思って廊下に出ると、見知った顔がそこにあった。

 


「ぶ、侮辱って……酷い言い草ッス! 自分はただ、友達が欲しくて……」


 

 んん? テッドのやつ、一体何をやっているんだ?

 両手一杯に『雪玉まんじゅう』の入った紙袋を抱えたテッドは、あからさまに困惑しているようだった。


 何が起こっているのか全く事情は呑み込めないが、どうやらテッドの『まんじゅう外交』 は見事に失敗したらしいな。



「はぁぁぁ? 寝言は寝て言え、田舎貴族!」


「誰がお前みたいなドブ臭いやつと『友達』になるって? ああん!?」



 テッドに罵声を浴びせているのは、おそらく俺たちと同級生の男子生徒4人である。

 


「汚らわしいポイズンパーチの分際で! オレらと同じ制服着ているんじゃねぇよ!」



 んん? こいつらは何を言っているんだ?


 ポイズンパーチとは、主に都心の河川部で爆発的に増えている外来種の淡水魚のことである。


 もともとは食用として輸入された魚だったらしいが、一部の無知な人間が生きた個体を放流してしまったそうだ。


 ポイズンパーチの厄介な所は、旺盛な食欲と繁殖力だ。


 この魚はどんなものでも食べる。水生昆虫、小魚、貝に海藻、更には他の種の卵や稚魚を食い漁る。

 

 その為、この国の川の生態系は大きく乱れ、ここ最近、ちょっとした社会問題として取り上げられていたようである。

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