騒がしい日常
「で、テッド。そちらのお客さんは誰なんだ?」
先程からずっと不審に思っていたことを尋ねてみる。
テッドが入ってきたのと同じタイミングでコソコソと店内に侵入して、俺たちの会話に聞き耳を立てる不届きものがいた。
本人は上手く隠れた気になっているようだが、ソファの上から跳ねた髪の毛の一部が見えてしまっている。
燃えるように赤い特徴的な髪の毛は、隠密行動には不向きなのだろう。
「あのー。これはー。そのー」
答えにくそうに視線を反らすテッド。
なるほど。
俺の見立てによるとテッドは、彼女の存在に気付いていながらも、あえて気付かないフリをしてここまで来たらしい。
そりゃそうか。
上手く尾行した気になっている他人に対して『バレバレですよ』とツッコミを入れる瞬間ほど気まずいものはないだろう。
「ああー。アンタはあの時のっ!」
芝居がかった声が上がったかと思うと、見覚えのある人物がヒョッコリと顔を覗かせた。
「こ、こんなところで再会するなんて奇遇ねー。アタシ、この店のカップケーキが大好きなのよ」
ふう。言い訳をするにしても、もう少し上手いものは見つからなかったのだろうか。
この店のメニューは先程確認したが、カップケーキなんてものは何処にも見当たらなかったぞ。
「くだらん御託は良い。俺に何の用だ?」
今更説明するまでもなく、俺とエリザの祖先、火の勇者マリアは200年前からの仲である。
だからこそ基本的にエリザとは友好的な関係を築きたいと考えている。
が、向こうが敵対してくるのでは話は別だ。
執拗にこちらの周囲を嗅ぎ回ってくるようであれば、俺としても厳しい対応を取らざるを得ないだろう。
「よ、用っていうほどのものじゃないんだけど……」
俺が追及すると、エリザはモジモジと指を絡ませて、しどろもどろになる。
「貴方のクラスが気になっていたのよ」
「……どういうことだ?」
「だ、だってほら。一応、アタシにとって貴方は、数少ない知り合いの一人になるわけじゃない? 入学までに少しでも学園の情報を集めておこうと思って……」
んん? コイツは一体何を言っているのだろうか?
一個人が所属するクラスの情報に何の価値があるというのだというのだろう?
とてもリスクを冒してまで得る価値のある情報のようには思えない。
しかし、人間がウソを吐く時には高確率で何かしらのサインが出るものなのだが、今のコイツには一切それが見られなかった。
「師匠―。どうせ遅かれ早かれ分かることですし、教えちゃってもいいッスかね?」
「ああ。別にそれくらいなら構わんぞ」
「オレと師匠は同じAクラスです。エリザさんも同じクラスだと良いッスねー」
テッドまで訳の分からないことを言い始めた。
3人が同じクラスだと、何か利になることがあるのか?
ただただ、騒がしいだけで自分の勉強に集中ができないだけだと思うのが。
「そう! Aクラスなのね……! 分かったわ!」
エリザはそれだけ聞くと弾むかのような足取りで喫茶店を後にする。
やれやれ。
結局、エリザは何がしたかったのだろうか。
去り際に見せたエリザの表情は、まるで何か嬉しいことがあったかのように活き活きとしているように見えた。
「これから忙しくなりますねー!」
「まずは引っ越しの準備を始めないとな」
アースリア魔術学園には、学生寮というものがある。
この家から王都まで馬車を使って通学するのは現実的ではないし、必然的に俺たちも学生寮を利用することになるのだろう。
「あれ? でも師匠はリリスさんと2人暮らしなんスよね? 離れ離れになっちゃって良いんスか?」
「知らん。けど、奴のことだ。その辺のことは上手く調整しているだろう」
何故だろう。
特に根拠はないのだが、絶対にそうなるだというという確信があった。
「流石はアベル様。ワタシのことをよく理解していますね」
などということを考えていると、エリザと入れ替わる形で喫茶店の中に顔を出したリリスが俺たちの前に顔を出した。
「ぬ、ぬおっ! リリスさん!? どうしてここに!?」
気配を消しながら俺たちの前に現れたリリスを目にして、テッドは完全にパニック状態に陥っているようだった。
「で、お前のその格好はどうしたんだよ」
俺が尋ねるとリリスは、『待っていました』とでも言わんばかりの勢いでメガネの淵をクイッと上げる。
「はい。アベル様に報告がございます。本日付けで、ワタシ、リリスはアースリア魔術学園の教師として採用されました。ですので、思い切ってイメージを変えてみました」
ふう。そんなことだろうと思ったよ。
たしかに今日のリリスの服装は何処となく知的で教師っぽくはあるな。
もともとの素材が良いので、何を着ても格好が付いてしまうのが腹立たしいところである。
「ぬえええええ!? このタイミングで!? そんな都合良く!? 一体どんな手品を使ったんスか!?」
未だに現実を受け止めきれないのかテッドは、口からブクブクと泡を吹いて驚いているようだった。
何を今更。この女がその気になれば魔術学園の採用枠なんて、どうとでも融通を利かせることができるだろう。
なんと言っても普通の人間とは生きている年月が違うからな。
「これからはハウスメイド、改め、魔術学園教師として、アベル様の生活をサポートさせて頂きますね」
まるで初めて再会を果たした時のような、満面の笑顔でリリスは言った。
やれやれ。どうやら騒がしい仲間たちに囲まれた俺の日常は、もう暫くの間続いていくらしい。
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