失われた五人目
先の見えない暗闇の中では、手に持ったランプの明かりだけが頼りである。
ミハイルが向かった先は、学園の地下に繋がる階段だった。
(アベル……。アベルじゃと……!? まさか、まさか。そんなはずは……!?)
地下通路に置かれた剣を持った騎士の石像に視線を移す。
柄の部分にある紋章を指でなぞると、騎士の石像が左へと動いて隠し扉が出現する。
何を隠そうこの奥にあるのが、アースリア魔術学園の中でも限られた人間しか入れない学長室であった。
「ええと。たしか……。この辺りに保管していたはずじゃ……」
ミハイルは木製の机の鍵のかかっている引き出しを開き、中から厳重に包装された1枚の封筒を取り出した。
封筒の中から出てきたのは、日に焼けて変色をした1枚のボロボロの手紙だった。
拝啓 オレの子孫たちへ
いいか。お前たち。
他でもないお前たちに、この世界の真実を教えておこうと思う。
巷ではオレを含めた《火》《風》《水》《灰》の4人の魔術師たちは、魔王を倒した《偉大なる四賢人》なんて呼ばれているらしいな。
だがな、違うんだ。
本当に魔王を倒したのは、アベルっていう琥珀眼の魔術師、只一人だった。
オレたち4人は魔王の前では手も足も出なかった。
実際はアベルが1人で魔王を倒しちまったんだ。
これこそが歴史の闇に葬られた真実だ。
だからよ。周りから『勇者の子孫』と呼ばれても絶対に調子に乗らないようにしろよ。
真の勇者はアベル1人だけだからな。
そのことを肝に銘じておけ。
風の勇者ロイより 敬具
手紙を読み直した時、ミハイルの手がプルプルと震えることになった。
昔、他界した祖父から耳にタコが出来るほど聞かされていた話があった。
――《偉大なる四賢人》には《失われた五人目》がいる、と。
何でもその男は魔族と同じ琥珀色の眼を持つあまり、世間から酷い迫害を受けており、圧倒的な実力を持ちながらも歴史に名が残ることはなかったという。
魔王の討伐後も輝かしい功績を残し続けた勇者ロイであるが、晩年は行方をくらましたアベルのことをずっと気にかけていたらしい。
「ふう。果たしてこれを偶然と捉えても良いものかのう」
もちろん、200年以上も昔の話だと片付けることは簡単だ。
どんなに偉大な魔術師であろうとも、200年先の未来まで生き長らえることは不可能だろう。
そう。
普通に考えれば、ロイの語るアベルと職員室で話題になっているアベルが同一人物であることは有り得ないのである。
しかし、何故だろう。
勇者の血族として長年を生きてきたミハイル経験が、彼の中に漠然とした不安をもたらしていた。
「見極めてやらんといかんな……。この少年の実力が、本物かどうか……」
神妙に呟いたミハイルは机の前に置かれたアームチェアに腰を下ろして、顎の下に蓄えた白髭を整えるのだった。。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます