三人の天才
時刻はアベルたちが入学試験を受けてから3時間ほど先に進むことになる。
「今年の受験生はなかなか面白い逸材が揃っているね」
ここはアースリア魔術学園の職員室の中である。
例年通り職員室の中は、今年の受験生の話題で持ちきりになっていた。
「ああ。例のG3のことだろう?」
「なんだ。G3って?」
「ジーニアススリー。3人の天才っていう意味さ。皆、噂をしているよ。今年の外部生には『3人の天才』がいるって」
職員室の中でも特に話題に上がったのは、テッド、エリザ、アベルの3人の名前であった。
総勢200名を超える受験生たちの中でも図抜けた存在感を示した3人は、試験官を務めていた教師たちからの注目の的になっていた。
「へぇ。ソイツは景気の良い話だな。これでウチの学生たちのレベルがちょっとは補強されると良いのだが……」
「まったくだ。今年こそは対抗戦で3位以内には入りたいよなぁ……」
アースリア魔術学園が『国内トップの魔術校』と呼ばれていたのは過去の話。
実のところ、ここ最近の他行との交流戦の戦績は、下降傾向にあり、かつての栄光は陰りを潜めていた。
「……何がG3だよ。くだらない」
教師たちの会話に水を差すかのように毒を吐く1人の男がいた。
男の名前はエマーソン。
くしゃくしゃにカールした髪の毛と丸眼鏡が特徴的な細身の教師である。
他人に流されず、自分の意見を述べることのできるエマーソンは『変わり者の教師』として、その名を知られていた。
「真の天才はアベルくん、ただ一人だよ」
ハッキリと確信を持った表情でエマーソンは言った。
「アベルって言うと、琥珀眼の平民だろ? たしかに魔術の腕は、凄まじいものがあったが……」
「単純な実力だけなら、エリザさんも引けを取っていないんじゃない?」
「…………」
教師たちの品評を耳にしたエマーソンは、呆れた表情で溜息を吐く。
将来の魔術師の育成を担う学園の教師たちがこの様子では、先が思いやられてしまう。
今まさにアベルの答案用紙を採点しているエマーソンは、アベルの持つ異様な能力に気付いて戦慄していた。
(なんということだ。まさか一介の学生が『デポルニクスの最終定理』を完璧に解いてしまうなんて……!)
実のところ、アベルが解いた『デポルニクスの最終定理』とは、現存する魔術研究者の中でも理解しているものがほとんどいないとされる超難問であった。
では何故、学生たちの試験に問題が採用されたからというと、偏にそれはエマーソンが悪戯心を働かせたからに他ならない。
当然、出題者であるエマーソン自身は、正解者が出ることを想定していなかった。
(いや。これは完璧ではない。完璧以上の解答になっている……!?)
よくよく確認してみるとアベルの解答は、単に既存の『デポルニクスの最終定理』をなぞっただけのものではなかった。
通常のデポルニクスと比べて、随所に改良が施された解答となっていたのである。
この事実を公表すれば、国家から表彰ものの偉業となるだろう。
「ふぉふぉふぉ。今年も受験生の話題で随分と盛り上がっておるようじゃのう」
「「「が、学園長!?」」」
俄かに騒がしくなってきた職員室の中に1人の老人が足を踏み入れる。
男の名前はミハイル。
この学園のトップにして若い頃は、王国随一の魔術師として名を馳せたことのある使い手だった。
ただ単に秀でた魔術師であるというだけではなく『勇者の血統』を持ったミハイルは、学園のシンボルとして国内外に強い影響力を持っていた。
「凄いなどというものではありませんよ! 彼は!」
「ほほう。優秀なエマーソン先生にそこまで言わせるとは……。よほど凄い才能を持った学生が試験を受けにきたようじゃのう」
エマーソンはアースリア魔術学園の中でもトップクラスの実力を持った魔術師だ。
まだ若いというのに魔道具の開発分野において幾つもの特許を習得しており、周囲の教師たちからも一目を置かれる存在であった。
「ええ。アベル君という琥珀眼の魔術師なのですけどね。彼は将来、この国を背負って立つ最高の魔術師になりますよ。ボクが保障します!」
「ぶふぅ――!?」
エマーソンの言葉を聞いた学園長ミハイルは思わず、口の中の入れ歯を噴き出してしまう。
「が、学園長!? どうかされたのですか!?」
「いや、すまない。エマーソン先生、もう一度、彼の名前を教えてくれるかのう?」
「はい! アベル。アベル君ですよ! 筆記、実技共に満点を叩き出した学園史上、最高の天才です!」
「…………」
ミハイルは頭を抱えていた。
何故ならば、職員室の中にいた人間の中で唯一人、ミハイルは『アベル』という名前に聞き覚えがあったからだ。
「あの、もしかしたら学園長は、アベル君と知り合いだったのですか?」
「いや。そういうわけではないのじゃが……。すまないの。エマーソン先生。もう少し詳しく彼のことを教えてくれんかのう」
悪い夢を見ているのならどうか冷めて欲しい。
嫌な予感を抱いたミハイルは、教師たちからアベルに関する情報を可能な限り引き出すのだった。
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