勇者の子孫



「だからアタシは強くなる! そしてアタシを育ててくれた家を絶対に再興するんだ!」



 僅かに涙を浮かべながらもエリザは言った。



 家も再興するか、か。



 おそらく現代において、エリザの家が教えていただろう古い考え方は通用しなかったのだろうな。


 この平和な時代で『戦争に備えろ』などと言う奴は、ただの危険人物だ。


 悲しいかな。

 人間は自分と違う考え方を持った生物を敵として認識する習性がある。


 だからこそエリザの家は、現代の価値観についていくことができず、没落して行ったのだろう。



「禁術、《|茜射す天空(ローズマダー・スカイ)》!」



 声高に叫んだ次の瞬間、エリザの体の周りに魔術式が浮かび上がる。



 身体強化魔術の一種か? すぐさま俺は解析を始める。



 複雑な魔術式だ。

 流石にこの魔術は、学生のレベルを逸脱しているような気がするな。



「《|術式炎装(フィジカル・フレア)》!」



 そうか。なるほど。

 少し驚いたな。『あの女』は、200年先の未来に、この魔術を残していたのか。


 今回の魔術でエリザが育った家というものにも想像が付いた。


 色々な疑問が同時に解決をしてスッキリとしたな。

 おそらく先程、エリザが俺の構築した『火炎連弾』に耐えることができのは、咄嗟にこの炎の鎧を纏ったからなのだろう。



「覚悟しなさい! 今のアタシは一味違うわよ!」



 ふむ。それなりに絵になる光景ではあるな。

 口は悪いが、このエリザとかいう女は見てくれだけは悪くない。


 目の前には、炎の鎧を身に纏った女。

 その神々しさすらも感じる姿を前にして、ギャラリーたちは完全に見惚れているようであった。


 刹那、炎の鎧からは2枚の翼が生えて、エリザを天高くに押し上げていく。

 


「し、信じられねえ! 飛んでいるよ!」


「飛行魔術!? それって都市伝説か何かじゃなかったの!?」



 空を飛ぶエリザを前にして湧き上がるギャラリーたち。


 たしかに『飛行魔術』の構築には、魔術師として一定の技量が必要だ。

 この魔術を使いこなせる人間は、200年前の時代にも多くはいなかった。


 何故なら、『飛行魔術』を構築には、複数の属性の魔術をバランス良く扱いこなす技術が必要だからな。


 俺のような琥珀眼の人間ならばともかく、エリザのような『灼眼』の魔術師が『飛行魔術』を習得しようとした場合、血の滲むような努力が必要だろう。



「いくら貴方でも見たことないでしょ! この魔術だけは──!」



 いやいや。

 ところがどっこい、俺にとって、その魔術は見飽きた存在なんだよな。


 まさか200年前に存在した固有魔術が、全く変わらない形で受け継がれているとは予想もしていなかった。


 おそらくエリザの家は先祖代々、揃いも揃ってバカ真面目だったのだろう。



「証明完了。《反証魔術》」



 何度も見たことの魔術であるということは当然、俺にとっては《反証魔術》を使用できるということを意味する。


 相手の魔術を解析して、無効化する《反証魔術》は、既に分析済みの魔術を相手にする場合、無類の利便性を発揮することができるのだ。



 バキリッ。



 ガラスが割れるような音が響く。

 エリザの術式と、炎の鎧が、粉々になって砕け散る。



「えっ。えええっ。あれええええええええ!?」



 無様にも空中で翼がもがれることになったエリザは、衣服が捲れ上がらないよう手で押さえながらも悲鳴を上げていた。



 やれやれ。

 仕方のないお姫様だな。



 俺は落下点を予測して、首尾良くエリザの体をキャッチする。



「お前、《火の勇者》マリアの子孫だな」


「――――ッ!?」



 俺が核心を突いた質問をぶつけると、エリザは『何が何だか分からない』と言った様子の動揺した表情を浮かべる。



「お前はあの脳筋女に似てなかなか筋がいい。精進しろよ」



 ふう。この女、本当に俺たちと同学年なのか?

 下手をすると、現時点で既にリリスよりも体重があるような気がする。


 生憎と俺には、この女をお姫様抱っこにしてやる義理はない。



 ゴロゴロゴロ。



 俺はエリザの体を雑な感じで地面に転がしておく。



「勝者! 受験番号27番、アベル君!」



 俺たちの試合を見届けていた試験官が勝ち名乗りをする。

 瞬間、爆弾が落ちたかのようにギャラリーたちの歓声が沸き上がった。

 

 ふう。

 エリザの祖先たちが、マリアの開発した魔術を完璧な形で継承していてくれたみたいで助かった。


 もともと《|茜射す天空(ローズマダー・スカイ)》は、自身の命を燃やすことによって戦闘能力を大幅に底上げするような魔術である。


 勝負が長引くと、術者の身体に致命的な後遺症を与えかねないのだ。



「なんなの……? アイツ、一体何なのよ……?」



 エリザからしたら俺の存在は、さぞ不可思議なものとして見えているのだろうな。


 地面に転がり、天を仰いだエリザは、呆然とした表情を浮かべるのだった。




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