待合室
それから。
無事に『威力検査』の試験を終わらした俺たちは、次の試験を受けるために別会場に移動を始めていた。
「師匠! オレ、オレ、凄くなかったッスかー!? ねー! ねー! 師匠と同じA判定っスよ!」
A判定。それより上の判定が無かったから仕方ないが、俺とテッドが同じ括りに入れられるのは悲しいところである。
「お! この扉の先が『A判定』を受けた受験生の待合室みたいッスね」
先程からテッドは何かにつけて『A判定』の部分を強調してくる。
おそらく実技試験で認められたのが、よほど嬉しかったのだろう。
ガチャリ。
ドアノブを回して、扉を開く。
中には20人を少し上回る程度の人がいた。
彼らは貴族であり以前からの知り合いも多いらしく、試験中だというのに周りと喋ってリラックスムードのようだ。
だがしかし。
俺の顔を見るや否や、受験生たちがさっと静まり返った。
んん?
これは一体どういうことだろう?
彼らは俺たちと眼を合わせるなりピタリと会話を止めて、気まずそうに俯いてしまったのである。
「たぶんですけど……。師匠が暗黒物質(ダークマター)を壊した噂が広まっているのだと思いますよ」
「なるほどな」
なんとも居心地が悪いが、危害を加えられるわけではないので気にする必要はないだろう。
椅子に座り、小さく溜息を吐く。
おそらくこの会場に集まっている受験者は、たいていがプライドの高いエリート層なのだろう。
平民に負けた悔しいと思う者もいれば、平民の癖に煩わしいと思う者もいる。
それから、未だに負けるはずがないと思う者も、か。
「ねえ。貴方」
つかつかと俺の隣に女が近寄ってくる。
茜色の髪を持った校門の前で見かけたことのある女だ。
俺は小さく溜息を吐いてから、女と視線を合わせないようにして無言を貫いた。
「ちょっと! その態度は何なのよ! このアタシが、わざわざ話しかけているんだからこっちを見なさいよ!」
「やれやれ。俺は平民が馴れ馴れしく舐めた口聞かないよう、口を閉ざしているだけなのだがな」
別に根に持っているというわけではないのだが、いずれにしても面倒事に巻き込まれるのは御免である。
無視することによって茜色の髪の女と関わりを持たずに済むのであれば、それにこしたことはないだろう。
「いい心がけね。けれども、アタシの名誉のために断っておくわ。アタシは別に貴族主義じゃないわよ。ただ単に弱いやつが嫌いなだけ」
年齢とは不釣り合いなサイズの大きな胸を張ってエリザは言った。
なるほど。
この女は以前に言っていたな。『強いやつ以外に興味はない』と。
平民の出身にも優秀な魔術師は存在しているが、やはり貴族と比べると割合は寂しいものである。
この女の中では『強いやつ以外に興味はない』と『平民が嫌い』という思考は、似ているだけで別物なのだろう。
「そうか。それは良かったな」
俺は手にした本のページを捲り、エリザを拒絶するかのような雰囲気を出していくことにした。
「で! アンタ、本当なの? 実技試験で暗黒物質の的を粉々に破壊したって!?」
「…………」
エリザと名乗る女は遠慮なしに俺の隣に座り、ストレートに質問をぶつけてきた。
「さぁ。どうだろうな」
「どうやって魔術を構築したの? 追加構文は何? そもそも琥珀眼の魔術師って、ロクに魔術を扱ないって聞いていたのだけど? 得意な属性魔術っていうものがあるのかしら? 誰か高名な魔術師の元で修行していたの?」
やれやれ。
どうやらこのエリザという女は、あまり周囲の空気を読むタイプではないらしい。
しかし、こと魔術の話になると急に眼が輝き始めたな。
当然この女の質問に答えてやることもできるのだが、個人的にはあまり気が進まない。
何より俺は、面倒事が嫌いだ。
ここでこの女と関わることは後々の面倒事を背負う結果になりそうな気もする。
と、その時、幸運なことに天が俺に味方をした。
「皆さま、着席願います。これより次の最終試験のルールを説明いたします」
扉を開いて待合室にやってきたのは、今回の試験の責任者と思しき女教師であった。
眼の色は灰色。
白衣を着ていることからも治療系の魔術師であることが伺えた。
「残念だったな。話の続きはまた今度になりそうだ」
「ふんっ。まぁ、良いわ。はぐらかしたって無駄よ。どうせ今回の試験の結果で、全てがハッキリと分かるんだから」
意味深な言葉を残したエリザは、もともと自分が座っていた席に戻っていく。
んん?
この女は一体何を言っているのだろうか?
どうやらエリザは、事前に学園側が用意していた試験のカリュキュラムを知っていたらしい。
この時、エリザが口にした言葉の意味は、最終試験の内容を聞かされていくうちに明らかになっていくのであった。
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