エリザの実力
もともとこのアースリア魔術学園は、老朽化が進んで使われなくなった王立図書館を改装して作られたものであった。
白竜の鱗のような色をした岩で作られた壁を注意深く観察すると、実は三つの図書館が継ぎ足されて作られていることが分かる。
建物の中は|暗黒物質(ダークマター)がふんだんに使われ、魔術が暴発しても壊れないような頑強な作りとなっていた。
(……流石は天下のアースリア魔術学園ね。施設のレベルが段違いに高い。国内最高位と言われるだけあるわ)
ここはアベルたちが実技試験を受けている会場とは、反対方向にあるB会場である。
B会場の中には、茜色の髪を靡かせながらも退屈そうに溜息を吐く1人の少女がいた。
彼女の名前はエリザ。
図抜けた実力と美貌を併せ持ったエリザは、既に他の受験生たちからの注目の的となっていた。
「アイツだろ。例の平民を庇った奴って」
「いけ好かないよな。ってか、どこの貴族だ?」
「見たことのない家紋だな。田舎貴族だろ。どうせ」
先程からエリザの耳にチラホラと入ってくるのは、他の受験生たちからの謂れのない中傷の嵐である。
(とは言え受験生の質は、国内最高位とは言えなさそうね)
陰口を叩くことしか能のない人間を相手になどしてやる必要はない。
エリザの見立てでは、このB会場で合格できるのはおそらく半数を下回る。
未来の学友候補ならいざ知らず、この先で関わる可能性もないような奴らのヤジを気にしていてはキリがない。
「では、次。86番の方、前へ」
「はい」
自分の番号を呼ばれたエリザは、背筋を伸ばして立ち上がる。
「名前をどうぞ」
実技試験の内容は、A会場もB会場も変わらない。
唯一の違いは、こちらの方は教官が試験番号順に受験生たちを見ているくらいだった。
「受験番号86番。エリザです。よろしくお願いいたします」
会場がざわつく。
茜色の垂髪に、きめ細かい純白の肌。
そして磨かれたばかりのルビーのような灼眼が彩ったその端麗極まる容姿。
何より、その美しい一礼。
彼女は嘲笑されていると勘違いしていたのだが、実際は違う。
誰もが彼女の整った容姿と立ち居振る舞いに、古い貴族のような美しさを感じて心を掴まれていたのだった。
そしてそれは試験官も例外ではない。
性別は女性だというのに、一瞬、彼女の美しさに息が止まりそうになった。
「……初めてよろしいですか?」
「え、ええ。どうぞ、始めて下さい、エリザさん」
教官の許可を取ってから、エリザは魔道具を構える。
その魔道具の色は彼女の眼と同じ赤色だった。
「炎列刃(フレイムエッジ)!」
その瞬間、空気が震える。
事前に構築されていた魔術構文を咄嗟に改変したのは、その方がより的にダメージを与えることができると判断したからだ。
ガキンッ!
エリザの構築した《炎列刃》は、的に向かって突き刺さる。
「し、信じられない……! 暗黒物質(ダークマター)に傷がっ!?」
エリザの魔術を目の当たりにした試験官が驚愕の声を上げる。
周囲にいた受験生たちも一目でその実力の差を感じ取り、完全に委縮している様子であった。
(……ああ。つまらないわ。この程度の魔術で驚かれるなんて、本当にレベルの低い人間しかいないのね)
溜息を吐くエリザであったが、そこで1つの違和感に気付く。
会場の後方、エリザから20メートル以上の距離があるところで、1人の教員が血相を変えて、走ってきたのである。
――身体強化魔術発動、聴力強化。
何事かと疑問を抱いたエリザは、その場で聞き耳を立てることにした。
「フェディーア先生。緊急事態です! とにかく大変なんです! 早く来てください!」
若い教官に呼びつけられた白衣の教官は、何を隠そう今回の試験の総責任者を務める魔術師だった。
(ふぅん。あの偉そうにしている教官、フェディーアって名前なのね。というか、緊急事態ってどういうこと?)
フェディーアが、キッチリと正確簡潔に話すよう指示すると、若手の教員は言い辛そうに苦笑いをした。
「その、暗黒物質の的を……琥珀眼の受験生が、粉々に砕いてしまいまして」
「――――ッ!?」
思わずエリザは我が耳を疑った。
が、さらに詳細な話を聞くにつれ、自分の頭と常識も疑うことになる。
どうやらその少年は、的を粉々に破壊しただけには飽き足らず、周囲の草原を焼野原に変えてしまったというのだ。
「その受験者の名前は? どこの貴族?」
「それが……。貴族ではないらしく……その、出身地はランゴバルト領地で。名前は……」
問題の少年の名前を聞いたエリザは、期待と興奮で胸を膨らませていく。
アベル。
教員はたしかに小さな声でそう答えた。
一体何故?
どうして全ての属性に適性がゼロと呼ばれる『劣等眼』の少年が周囲を驚かせるような魔術を構築できたのか?
それからというものエリザは、アベルという少年に対して、強烈なライバル意識を燃やし始めるのだった。
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