失われた進路

「腕を上げたな。テッド」



 俺の眼から見て、属性魔法に関するテッドの才能は絶望的に低かった。

 頭の出来が良くないテッドはもの覚えが悪く、俺も教えるのに苦労したものである。



「本当ッスか!? 良かったー!」



 俺が褒めたのがそんなに嬉しかったのだろうか。

 機嫌を良くしたテッドは、子犬のようにピョンピョンと部屋の中を跳ね回る。



「師匠にそう言ってもらえて何よりです! これで明日の魔術学園の入学試験を前に弾みが出来たッスー!」


「おお、そんな大事なイベントが控えていたのか。頑張って来いよ」



 そうか。学校か。

 テッドもそういう歳になったのか。


 子供の成長というのは早いものなのだな。

 出会ったばかりの頃は、おそろしく幼稚な悪ガキだったテッドが随分と立派に成長したものである。

 


「何を言っているんスか? リリスさんから聞きましたよ。師匠も一緒に受けるんですよね?」


「んん?」



 思わず小首を傾げてしまう。

 

 この俺が魔術学園の試験を受けるだと? 

 200年前の時代に『比類なき天才』と呼ばれ、他に並び立つものがいないとされた俺が今更になって学園?


 やれやれ。

 冗談にしては趣味が悪いな。



「おい。リリス。どういうことだ。俺が魔術学園の入学試験を受けるって」



 もしかするとリリスは俺に黙って勝手に動いていたのだろうか。

 俺が質問を投げると、キッチンにいるリリスは食器を洗いながらも、ツンと澄ました表情を浮かべる。



「逆に聞きたいのですが……。アベル様は学園に入学せず、将来はどうするおつもりなのですか?」


「そりゃ、お前。以前と同じように冒険者として全国を飛び回って……」


「お言葉ですが、アベル様……。冒険者という職業は今から10年に完全廃止されたばかりですよ?」


「――――!?」



 今明かされる衝撃の事実。


 なるほど。

 書庫の中にあった本は、どれも一昔前に出版されていたものだったから最近の事情までは分からなかった。


 そうか。

 そうだよな。


 俺のいた時代の冒険者という職業は、モンスターを討伐して、その素材の一部を冒険者ギルドに行って売却をするのが主な仕事であった。


 だがしかし。

 そもそものモンスターの個体数が激減した今の時代では、『不要』な仕事となってしまったわけか。



「アベル様は将来、魔術に関する仕事に就くつもりなのですよね? ならば今のこの平和な時代では、学園を出なければ話にならないのです。ご理解いただけましたでしょうか?」



 理屈は分かったが、釈然としない。

 

 何が悲しくて今更、学園になど通わなければならないのだろうか。


 俺に魔術を教えることのできる人間なんて200年前の時代にすら1人もいなかったというのに。世知辛い話である。



「それとも、アベル様はこのままワタシのヒモとして生きていくつもりなのですか?

 まぁ、ワタシとしてはそれでも一向に構わないわけですが……」


「分かった。受ける。受ければ良いのだろう。その試験」



 仕方がない。

 たしかに今の俺はリリスの援助によって生活をしている身分に過ぎない。


 何時までも女に養われるのは、俺としても願い下げだ。

 今回のことは、自分の中の世界を広げていく為にも必要なことなのだと前向き捉えることにしよう。

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