魔族の事情

「お前の仕事って使用人だったのか」


「はい、そうですよ。あ、この世界ではハウスメイドと呼ばれるお仕事です。似合いますか、メイド服」



 帰って来たリリスはニコリと笑って、自分の服を自慢するかのように俺の前で一度回って見せた。


 黒に近い深緑色のエプロンドレス。

 いや、この時代に合わせて言うのならばメイド服と呼んだ方が良いのか



「うん。まぁ似合っているんじゃないか」


「ふふふ。それは良かったです。では直ぐに夕食の準備に取り掛かりますね」


「お願いしよう。ああ、それと」


「はい?」


「……お前がカラーコンタクトを使って眼の色を隠している意味がようやく分かったよ」


「そう、ですか」



 最初は単に魔族であることを隠す目的なのだと思っていたが、実のところ、別の意味が隠されていた。


 書庫にある本で調べてハッキリと分かった。


 この世界では《琥珀眼》は嘲笑の対象となっている。


 それも割と冗談にならないレベルでだ。


 先程のボンボン貴族たちのリアクションは、何も特別なものではない。

 この時代において《琥珀眼》の人間は、以前とは違った意味で生きづらくなっているのである。



「この200年間で、魔族は殆ど力を失いました」



 リリスは、料理をしながら言葉を紡ぎだした。

 俺は無言のまま書庫から持ち出した本のページを捲る。



「アベル様が率いる勇者パーティーは魔王を討伐。その後、各地で人間は魔族の残党を相手に戦争を挑み……人間が勝利しました」


「そうか」


「はい。そして魔族は壊滅。魔族が壊滅したので世界は平和となり、魔術師たちのレベルは低下していきました。結果」


「琥珀眼を恐れるものはいなくなり、鍛錬すれば最強の力を得られる、という事実まで全て歴史の彼方、か」


「流石はアベル様、その通りです」



 包丁がまな板に当たる小気味がいい音と、暖炉の薪が燃えて火の粉が散る優しい破裂音。

 妙に、静かな会話だった。



「……リリス。お前は、人間を。いや、俺たちを恨んでいるか」



 魔族壊滅は、間違いなく俺たちの戦いが切っ掛けだ。

 あの日、あの時、俺たちは魔王を。つまり、こいつの父を。



「そうですね。恨んだ日も泣いた日もありましたよ」



 包丁の音が止まった。

 本を読んでいるので確認したわけではないが、キッチンの方からリリスの視線をハッキリと感じることができた。



「ですが、アベル様はワタシを必死に庇って下さいましたよね。それに、その後、ワタシが安全に暮らせる土地を探して一緒に旅をしてくださいました。覚えていますか?」


「ああ」


「僅かな時間でした。ほんの半月ほど。でも、その時、アベル様は教えてくださいました。魔術の使い方や、人間の街の法。そして……他にも色々」


「はぐらかすな。お前、昔はあんなに素直に色々喋ってくれたのに」


「ふふ。いい女は秘密をイヤリングのように身に付けるものですよ。昔、ワタシを雇ってくれた酒場のママが教えてくれました」



 リリスのやつ、この200年の間で妙に色気づいたよな。

 まったく、昔はあんなに素直で愛らしい幼女だったくせに。



「だから」



 リリスは俺に近づいて来た。

 そして、片膝を付いて、俺の顔を覗き込んできた。



「ワタシはアベル様を心からお慕い申しております」



 いくらなんでも顔が近すぎる。

 なんとなく照れ臭い気持ちになってきたので、俺は手にした本で顔の下半分を隠すことにした。



「そうか」



 よく考えてみるとリリスの奴は200年もの間、俺の転生を待ち続けて、俺が快適な人生を送れるような環境までも用意してくれたのだよな。


 命を救った恩を感じていたとは言っても並大抵の気持ちでは、それほどのことはできないはずである。



「……ありがとう」



 だから俺はそう呟いてみることにした。


 やはり自分の気持ちを口にするのは気恥ずかしい。

 

 なんとなく居たたまれなくなったので、その後の俺はリリスと視線を合わせることもなく、本の世界に没頭することにした。



 

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