新しい住処



 リリスと一緒に雪山を下りる。

 暫く雪山を下って行くと、麓の方に小さな村が見えてきた。


 ふむ。

 200年前にはこんなところ村なんてなかったはずなのだが、やはり昔とは色々と勝手が違っているようだな。


 地学的に何か有利な条件を持っているわけではない辺鄙な土地なのだが、それなりに栄えてはいるようだ。


 おそらくこの土地を治める貴族が優れた経営手腕を発揮した結果なのだろう。


 などということを考えていると、さっそく目的地に到着する。



「到着しました。あそこに見えます建物がアベル様のために用意した隠れ家となっています」


「ほう……」



 思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


 目の前にある大豪邸。

 俺がいた時代なら王族の住んでいる家だと言われても不思議じゃない。


 左右対称の二階建て、いや三階建てだな。何室あるのだ、この家は。


 早く中に入って色々と見てみたい。



「アベル様。残念ながらあの家は違いますよ。ワタシが用意したのは、その隣にある一軒家です」


「んん……?」



 リリスに言われて視線を移す。


 家だ。木造家屋。


 良く言うとシンプル、悪く言うと飾り気のない。

 いや、大豪邸を見た後だからそう思うだけで、実際はそれなりに立派な作りをしている


 煙突もあるし、よく見れば屋根裏もありそうだ。おお、なかなか風情のある良い家じゃないか。うん。



「普通、だな」


「普通が一番ですよ。アベル様の立場を考えますと、あまり悪目立ちするのも良くないと感じまして」



 なるほど。

 言われてみれば一理ある。


 前世では一部の人間から最強の魔術師として恐れられてきた俺であるが、今のこの子供の体では本来の実力の三割も発揮できない。


 体が成長期に入るまで、今は静かに待っているのが賢い選択というやつなのかもしれない。



 ~~~~~~~~~~~~



 リリスに案内された家は、どことなく200年前の一般家庭の内装に似ていた。


 良く磨かれた木の床に、明るい色の木の机。それから暖炉。

 ソファに丁寧にあつらえられた絨毯。ソファは前の世界にもあったが、絨毯の縫い目の丁寧さは度胆を抜かれた。


 しかし、見たことないのは、あれだ。天井からぶら下がっている謎の球体。



 ピカッ!



 眩しい。球体が光った。


 これは一体どういうことだろう。

 家にいるのは俺とリリスの2人きりであるが、誰かが魔術を構築した気配は見られなかった。



「申し訳ありません。驚かせてしまいましたね。あそこで光っているのは『電球』と呼ばれる照明器具ですよ。スイッチ1つで周囲を照らすことのできる優れものです」



 そう言うとリリスは、スイッチのオンとオフが繰り返して照明が点滅するところを見せてくれた。


 なるほど。

 これは便利だ。


 おそらく電球の内部には小型の魔石がはめ込まれており、スイッチに反応して自動オートで魔術が構築されるようになっているのだろう。


 その証拠に電球の周囲だけ魔力の流れが僅かに澱んでいることが分かる。



「あまり驚かれないのですね」


「ああ。たしかに凄い技術ではあると思うのだが、どうしても自分で魔術を構築した方が便利だと思ってしまってな」



 本来、周囲を照らす魔法は、火属性魔法を司る《灼眼》の得意領域であるが、この程度の魔術であれば、眼の色を問わずに誰でも簡単に使用することができる。


 俺の住んでいた200年前の世界では、暗い夜を嫌って子供たちが必死に《発光フラッシュライト》の魔術構文を学んでいたものである。



「ふふふ。アベル様らしい考えですね」



 俺らしい考え?

 明かり灯す《発光フラッシュライト》なんて魔術の中では基礎の中の基礎だろう。


 俺でなくても魔術を学んだ人間であれば誰しもが抱く当然の疑問だと思うのだが……。



「今、食事の支度をしますので、自分の家だと思って、ゆっくりとくつろいでいて下さい」



 そう言ってリリスはキッチンの中に入っていく。

 ちなみに小さい家なので居間にいる時でも、キッチンの様子を確認することができる。



「お疲れのようでしたら、そちらのソファの上で自由に横になっていて下さい。準備が整いましたら改めて声をかけさせて頂きますので」



 そういうことであれば遠慮はしない。

 久しぶりに目を覚ましたせいか、予想以上に疲労が貯まっている。


 暫く横になっていると、俺はソファの上で、心地の良い微睡の中に落ちていくことになった。

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