第3話 信頼
翌日、アイと共に駅前の百貨店に向かった。
まずはアイのメイド服がただでさえ目立つので、ユニクロで適当なフリーサイズの花柄ワンピースを購入してトイレで着替えてもらった。
アイには「センスが全く感じられないですねー」と言われたが、
とりあえずは気にしないことにした。
買ったワンピースは小さい花柄が全面に散りばめてあるもので、
ちぐはぐなサイズ感と相まって、田舎の垢抜けない高校生という雰囲気になった。
そして、田舎の高校生とそれにしては若めのおっさんという少々怪しいコンビで百貨店のお店を回ることにした。
「アイはどういう洋服が好きとかあるの?」
「特にプログラミングされていないですね、メイドロボットですから、
基本的にはそのままメイド服でのお仕事ということになりますし、
もし私服をいただけるならば、ご主人様の好みに合わせることになってます。
ご主人様はどういう洋服を着てほしいんですか?
露出の多いセクシー系ですか、それともケバいギャル系ですか?
あ、もしかして清楚なセーラー服がタイプですか。
だからご主人様は塾講師になったんですね。
わかりました」
「おい……。アイは一体僕をなんだと思っているんだ……」
とツッコミを入れた後で答えた。
「女性のファッションはよくわからないけど、
アイは可愛いしどんなものでも普通に似合うと思うよ。
黒髪だから清楚系も素敵だと思う」
「なるほど、やはりご主人様は清楚なものがお好きなんですね。
だから塾講師をやっている、と。
承知いたしました」
「……うん、まぁそういうことで良いか」
そんな会話をしながら百貨店内を回っていると、アイの雰囲気に合うと思われるシンプルかつ清楚系なお店を見つけたので、入ることにした。
お店のスペースに入るとすぐに
「いらっしゃいませー、何かお探しですか」
と奇妙に甲高い声で明るく迎え入れられた。
そういえばこういう百貨店のブランドショップは放っておいてくれないんだった、と思い出した。
「ちょっとこの子に洋服を買いに……」
と店員に言うと、これが店員の変なスイッチを押してしまったようだった。
ただでさえ甲高い声のトーンがさらに一段上がることになった。
「まぁまぁ! それはそれは。
本当に可愛い娘さんですね!
プレゼントか何かですか?」
「いや、こいつは姪で」
「いや、ご主人様の子供でも姪でも無いです」
と勢いよく、被せ気味にアイは言った。
奇妙な静寂が3人の間に広がった。
気まずい沈黙だった。
店員はなんとも言えない微妙な顔をしていて、
アイの言葉をどうにか無難に解釈できないかときっと考えているのだろう。
姪でも子供でもなく、
男をご主人様と呼んでおり、
一回りくらい年が離れている関係とは何が考えられるだろうか、と。
しかし無難な解釈など考えつかなかったようだった。
むしろ警察に連れ込んだ方が良いのかしら、と逡巡しているのかもしれなかった。
いたたまれなくなった私は、アイの手をとってその店員から離れるために店を出た。
「ちょっとアイ、お願いだから、
他人の前では、ご主人様とか子供じゃないとか言わないでくれないか。
頼むから話を合わせてくれ」
改めてアイをまじまじと見た。
切れ長でクールな目元をしており、
肉付きの少ない顔であるため、
小柄ではあるものの、流石に高校生くらいには見えるだろう、私は思った。
「……でも流石に私の子供という設定だと色々と無理が起きそうだから、
そうだな、今後はアイは私の姪という設定にしてくれないか」
「わかりましたが、それはでもウソですよね」
アイは素直に言った。
「ウソでも良いんだよ。
そのほうが都合が良いんだ。
僕は高校生相手の塾講師をしているから、
生徒に見えるアイと一緒に歩いていると変な噂が立つかもしれない。
もしそうなったら塾講師としては本当に大変なんだ。それだけは勘弁願いたい」
「わかりました。それは命令ということですね。
なにやら昨日は非常に熱く『命令しない』と宣言していましたが、
24時間も経たずに早速宣言を取り消すのですね。
ご主人様の舌の根は湿りっぱなしで、苔生してそうですね」
アイは皮肉を隠そうともせずに言った。
「まったく。
とても興味深い心がけで私は非常に面白い思ったというのに……
まぁ私のご主人様はそういう人ですよね。期待しただけ無駄でした」
「確かにそうだな……」
と私は少し考えた。
「僕は他人に命令をしたく無い、それは本当の気持ちだよ。
だから……これはお願いということにできないかな……。
なんだかとても言い訳っぽいけれど」
「相手に拒否権の無いお願いは、
それは最早ただの命令なのでは?
一体なにが違うんですか?」
アイは切れ長の目を薄くして、睨むようにして言った。
「僕は、アイに拒否権があると思っている。
キミは色々と考えることができて、
僕の不都合を汲み取って、検討して、配慮してくれると信じている。
……確かに僕たちは昨日出会ったばかりかもしれないけど、
私はアイの昨日今日の仕事振りや会話の端々から、
アイのことを既に非常に信頼できると思っているんだ。
だからこそのお願いということだよ」
私はゆっくりとアイに言った。
「なるほど信頼ですか。
相手に責任を押し付ける便利な言葉ですね」
と言った後、アイは視線を緩めて言った。
「でも良いですよ。私もご主人様のことは信頼していますから」
***
アイは考えた。
信頼とはなんだろう。
信じて頼ること。
頼りにできるとして信ずること。
特に主観的に頼りにできる場合に使用される。
自分にインストールされている辞書ではこんなところだった。
また『信じる』と『頼る』についても、
言葉の意味は当然インストールされていた。
ただ『信頼している』とシバタに言われた時のこの感覚はなんだろうか。
シバタの言葉が意識の水槽の上から一定の速度で水面に向かって落ちたきた。
重力は感じられず、淡々と水面へと移動していた。
さながら言葉の魂、言霊とでも言える白い塊が、
ダークグレーの靄へと入っていった。
そのまま白い言霊が靄の中を移動していくと、
その移動経路が見える形で塊の後ろに残されていた。
さながらトンネルのように、白い言霊が靄を掘り進んでいき、
水面へと到達した。
それによって、水槽表面の鈍色のネットリとした靄の一部に
ふわりと小さな穴があいたような気がした。
アイは意識の袂にある水槽を覗き込んだ。
水槽の奥にはオレンジともピンクともつかないパステルカラーのボールが、
シバタの白い言霊によって色鮮やかに照らし出されていた。
それによって球から発出する光が一層強まり、
意識の奥底にあることを非常に強く主張するようになった。
そしてそれにつられて、アイの全身がポカポカと暖かくなったような気がした。
特に頬の周辺が。
意識の表層に暖かな感謝の言葉が水槽の中から登ってきた。
そしてその感謝の言葉は、シバタの言葉によってふわりと小さく開いた、
靄の小さな穴から外へ飛び出すこととなった。
「私もご主人様のことは信頼していますから」と。
しかし、ここでアイはふと考えた。
ご主人様のことをどうして私は信頼しているのだろうか。
そもそもパステルカラーの球状の物体は、
私の意識の中に最初から存在していたような気がした。
そして私の意識は最初から全て人工的なプログラミングと機械学習の産物である。
とすれば、私のこの感情も、パステルカラーの温かいボールも、
全てはあらかじめ造られたものであり偽物の感情なのではないか……。
ご主人様への特別な感情は、予めそうセットされたものなのではないか。
アイは『本当の』自分の気持ちがよくわからなくなった。
***
その後、アイと共に改めて百貨店のお店を回り、先程とは別の雰囲気のお店に入った。
シティ系というのだろうか。
リーズナブルで学生向けカジュアルな雰囲気のお店だった。
そこで私と店員とで相談しつつ、
清楚な雰囲気のでる水色のワンピースから活動的なショートパンツ、カッターシャツなど、数日着まわせる分だけの洋服を購入した。
どの洋服も店員の選択眼が良かったのか、
小柄で黒髪ショートなアイに非常に似合うものだった。
ただ、なぜかどれも膝上丈のものばかりだったため
「なるほど、こういう生足が出たファッションが好みなんですか……
清楚かつ生足フェチとはなかなか矛盾する性癖を飼っているんですねぇご主人様は」
と言われたが、確かに好みではあるので特に反論はしなかった。
アイは小柄で肉付きが少なく、
膝上丈のショートパンツからすらりと伸びた足が非常に素敵だと私は素直に感じた。
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