34. 移動

極限られた空間の中で、様々なものが飛び交い衝突し火花を散らす。



この場にいるのは僕たち二人だけ。

邪魔が入らない絶好の場所で、まずは目の前の男を無力化しこの先の局面を有利に進めたいところだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



ベルーガは手に持っていた刃物を勢いよく僕に向かって投げる。軽い身のこなしでソレを避けたものの、その瞬間背後にさっきまで無かった気配を感じた。



「っ!?」


後ろを振り向くと同時に手から刃を生成する。見ると、さっきまで目の前にいたはずの彼が刃物を振りかぶり僕の首を切り落とそうとしていた。


僕は生成した刃物を強く握り締め、向かってくる刃の軌道を逸らそうとする。


「...」


が、握り締めていた刃物は真っ二つに両断されていた。綺麗な程に真っ二つ、剣術だけでここまでなるものなのか?


首筋からは少量の血が垂れる。咄嗟の回避で致命傷は避けたものの、危うく一瞬のうちに勝負が着くところだった。



それにしても...あの刃物には何かタネがありそうだ。


『移動』の転移者は力の特性上投げ物と相性がいい、だから今までのやり取りでも何回か刃物を飛び道具として使ってきていた。全く同じ柄の刃物たち、だけど彼が今手に持ってるモノだけは違う。幾度かの衝突があったにも関わらず、その刃物だけは一回も手から離れていなかった。


...試してみるか。



『悪魔。24人の生贄を使って、目の前の彼を掴んで』


不可視の力を纏った悪魔の手が切られるなら、それは間違いなく何らかの力を付与した刃物ということになる。



世界の割れ目から飛び出るように突き出した腕が勢いよく彼を掴む。




しかし、それは瞬く間のうちに切り刻まれていった。



...決まりだ。

あの刃物は魔具、おそらくライザあたりが渡した物だろう。力は『斬撃』か『切断』あたり、全容が分かれば対処は楽になる。


「貴方が強い理由がよく分かりますよ。未知であるモノの全容を特定する手段や方法に迷いがない、それがどんなに危険を伴うものであっても」


「僕も驚いたよ。だいぶ執行局を低く見積ってたみたいだ、国の中枢を任されるだけある」



軽口を叩いてるように見えて、頭では有効打になり得る一手のことを考えていた。



「先程の一撃で決着をつけていればよかった。貴方の脅威は一秒づつ増していく...これ程相対するのが楽しい脅威は他にありませんよ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



投げた刃物を別の場所に『移動』させるとどうなるのか。


正解は「突然何も無い場所から刃物が現れ、飛んでいく」。


『移動』の力はモノを色々な場所に移すことが出来るだけではなく、そのモノに掛かる力までも同様に移すことが可能だ。



『弾け』


ベルーガへと刃物を弾き飛ばす。

この時点で、彼には二択以上の選択肢が存在する事になる。そのまま刃物が飛んでくるのか、背後から来るのか、上から、下から、左から、右から、はたまたそれ以外か。



『移動』することの無かった刃物はそのままの勢いで彼へと向かっていき、突如として現れた木の机へと突き刺さった。


彼は間髪入れずに落下していく机を蹴り飛ばし、そして目の前に...!?



「は?」


なぜこの場に『移動』させた?

そんな状況が理解できない一瞬の隙に、ベルーガは手に持つ刃物で覇王の首を切り落とす。


武力に長けた存在である覇王でも、回避しようがない攻撃が来れば呆気なく死ぬ。目の前にいる男は、いとも容易く地上で猛威を奮っていた存在を一つ消して見せた。



「この振動と音的に、今いるは私たちが襲撃された場所とそう変わらない所にある」


「貴方の性格的に、危機に陥った仲間を瞬間的に離脱させられる場所に自分もいると考えました。『移動』の有効範囲は1.58km、この場所も十分射程圏内でしょう」



「貴方が仲間のことを気にかけているなら私も同じ事をするまで、これで地上の彼らは更に戦いやすくなった」



意趣返しという名の時間稼ぎをしようと口を開く。




その時、なぜか身体は回避行動をとっていた。






身体中に突然電気が流れる、後ろから並々ならぬ気配を感じる、言い知れぬ悪寒が背中を凍てつかせる、この感覚はなんと言い表せばいいんだろう。


全てが当てはまっていて、その全てとはまた違う未知の感覚でもある。なんでもいい、とにかく身体中が警鐘を鳴らしていて、迫り来る何かを回避しないといけないと感じた。



背後から突如として現れた見たことの無い形状の矢、それは後頭部から床へと向かっていく角度のある軌道だった。


後ろを振り返りながら腕を使って矢を防ごうとする。既視感のある状況、それは向かってくる矢が普通のモノではないという所まで同じだった。


「っぐ...」


腕に命中した矢は止まることを知らず、そのままの勢いで腕を『貫通』していく。矢は床をも通り抜け、やがて地中深くを潜り見えなくなった。


「いくら仲間とは言え無償で助けるのも癪ですからね、少しだけの矢を拝借させてもらいました」


右腕には穴がポッカリと空き、行き場をなくした血が地面へと流れる。



一見すると...いや、どこからどう見ても劣勢だ。


だけどなんでだろう、笑いが込み上げてきて仕方がなかった。



「あはははははは!!」


「...気でも触れましたか?」



いや?

「むしろその逆だよ、気合が入ったんだ」


普通なら狼狽えるような傷を負っているのに、この現状に笑いしか出てこない。



『イリス、聞こえる?』


『作戦通り、。イリスはベンとリズの補助に集中して』



『はいよ』




摩擦が発生すると聞くと尚更、もんなんだなと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る