33. 作戦

『軍人であったクラウゼヴィッツは、戦場における不確定要素の例として「戦場の霧」を提唱した』



『それと同時に、彼は物理的な事象である「摩擦」を軍事学に採り入れた。計画を遂行する上で直面する障害のことだね』


『順を追って説明するよ』



とある宿の一室を借り、イリスは盤面と駒を用意させ机に置く。


『土壇場で敵が起こす非合理的な行動とか移り変わる天候、事前に収集できなかった情報、現場と指揮系統との間で起こる伝達の行き違い、その他ありとあらゆる問題イレギュラー、そういった不確定要素をまとめて「戦場の霧」と呼ぶ』


『指揮官は常にこの問題と向き合うことになるんだ。今回の戦いは私とキミがこの役をこなす、ぜひ知って欲しいね』



この国で全てを終わらせるとなると、自ずと総力戦になるのは間違いない。イリスの『知識』を疑う訳じゃないけど、何かあった時が困る。だからこうして学ぶことにした。


『そして先程の戦場の霧を含めた...作戦行動をするにあたって直面する障害のことを『戦場の摩擦』と呼ぶ』


『要は何が言いたいかっていうとね、どれだけ緻密な作戦を練ったとしてもって事だよ。必ず何かしらの摩擦が発生する』



この言葉は少し前にも聞いた、イリスのような完全に近い『知識』を持っていても必勝ではないってやつ。


『摩擦を抑える方法は無いのか? って顔してるね。あるよ、一個だけ』


『摩擦が起こった際、即座に状況を把握し判断を下すのが最適解だ。それがたとえ非情な判断だとしてもね』



『今のキミにはそれが出来る。良くも悪くも魔女から色々と学び、今のキミはクラウゼヴィッツの言う戦場の霧を取り払える存在となったわけだ』



嬉しいのか嬉しくないのか分からないな。の狙いに気づいたであろうあの人、最期は「教鞭を執る」という言葉通り僕に様々なことを教えてくれた。



たぶんあの人は笑ってたかも。

僕のこれまでの人生全て、あの人にとっては退屈そのもので、そしてとてつもなく面白いモノのはずだから。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『さ、執行局の説明をしようか』

『黒髪眼鏡の彼はベルーガ・シフォン、『移動』の力を持つ転移者だ』


『執行局の顔的な存在で、振る舞いや所作からは気品が感じとれる。オマケに本国では美人な奥さんがいて、夫婦仲はとても良好...ウラヤマシイ』


そう言ってイリスは一枚の紙を机に置く。『念写』の転移者から貰った「しゃしん」と言うものらしい、とても絵とは思えない精巧な作りになってる。



『コイツとおんなじ力じゃん。同じ力持ってるヤツって二人以上いるの?』


『いーい質問だね、リズ』

『この世界で考えられてる定説は、という見方だ。ベンのお父さんは神父の元を離れ、様々なことを体験しその考えへと至った』


転移者が死んだ場合、その転移者が保有する力は少しの時間と共に新しい転移者へと渡る。ベンが神父の一件の後に話してくれた内容だ。



『でも、その考えは一人の男の出現によって覆った』


『メアリー・スーがその時存在していた全ての力を持ち生まれたことで、その説が破錠したんだ』


『それ以降、この世界では同一の力を持つ転移者が現れるようになったとさ。おしまいおしまい』


イリスは軽く咳払いをし、脱線していた話を引き戻す。



『さて、次だ』

『美男子ムフフな彼らはアベルとカイン兄弟。紅い髪がアベルで蒼い髪がカインね』


『アベルは『透視』の力を持ち、カインは『貫通』の力を持ってる。今までのヤツらに比べたら見劣りする力だけど、彼らの連携は目を見張るものがある。十分注意だね』


おそらく、ライザの店を襲撃したのはこの二人だろう。だけど対処法はもう分かってる。僕の命を救ってくれたあの方法を使えば、自ずと攻略できるだろう。



『さ、残るは最後の一人だ。そしてこの一人が、私たちが直面するだろうになる』


『キミの事件以降加入したと思われるこの人物、その全ての情報が私の網に掛からなかった。分かるのはこの人物が転移者って事だけ』


しゃしんを見てみると、そこには外套を羽織っている人物が写っていた。顔はおろか性別すらも分からない、体格なんていくらでも盛ることが出来る。イリスの網の件といい結構な情報の統制ぶりだ。


『私たちはこの摩擦を第一に考えた作戦を立案しないといけない。そうなった時にどうするか分かるかい?』



『一撃で全て終わらせる...だね?』


『せぇーかぁーい』


気の抜けた声でそう言うイリス。


『一撃必殺、安直だけどこういう場面では一番効果的だ。その実力が発揮される前に無力化する、生き残ったとしても部隊の大半を壊滅させるのが理想だね』



『だけど、そんな策でやられてくれるなら執行局なんていらない。今の四人は多分生き残る』


『だからその時の事を考えた策を今から考えよう。楽しい楽しい理詰めの時間だ』


そこまで聞いた時、僕はある事を思いついた。おもむろに椅子から立ち上がり、寝室の扉の取手へと手を掛ける。



『そういう事なら一つだけ考えがあるんだ』



そしてゆっくりと扉を開けた。





『出番だよ、白狐』

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