35. 膳立

『わ、何この可愛い生き物!』



買い物から帰ってきたリズが真っ先にそう反応する。彼女の目線の先にいたのは純白の毛をした小狐、3本の尾を持つ化け狐だった。


『可愛いでしょ? これでも三大魔獣の一角なんだぜ?』


『容姿や記憶、性格まで模倣する化け狐、その名も白狐びゃっこ。力までは流石に無理だけど、自由自在に姿形を変えられるのは充分な脅威だ』



『なんせ化け狐が国を滅ぼしたなんて逸話もあるくらいだからね、人に化けれるって怖いことなのさ』


リズは白狐を撫でるのに夢中で、イリスの話なんて聞いていないように見える。確かに、撫でられて気持ちよさそうに寝転ぶ姿は愛くるしく愛嬌満点だ。


『本来はだいぶ敵対的な性格らしいんだけどね、生みの親が僕ってこともあってだいぶ温厚な性格になった』



『えっ? アンタが親だったらもっと性格の悪いヤツにならない? 頭大丈夫?』


『...親には敵対しないって意味だよ...』



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『白狐、キミには僕たちの故郷であるエルクレイアに行ってもらう』


『ココからだと往復で一週間くらいか...。大目にとって二週間、二週間後にまたこの場所に戻ってきてね』


白狐を撫でながらそう語り掛ける僕を見て、リズは不思議そうな顔をする。


『言葉わかるの?』


『ちゃんと理解してるよ、狐は本来好奇心旺盛で賢い生き物だからね。まあ言語も理解出来るとは思わなかったけど』



再び視線を白狐へと戻す。


『これはあっちで使う通貨ね。せっかくだから沢山楽しんできて、勿論僕のお願い事も忘れずにね?』


小さく頷く白狐。ベンはその小さな狐へと近づくと、優しいとは思えない手つきでガシガシと撫でた。



『可愛いけどバカっぽくないかコイツ。何を言ったのか知らんけど達成できるのか心配だよ俺は』


もちろん会話の内容が聞こえている白狐は、がさつに自らを撫でるベンに腹を立て手に思いっきり噛み付いた。


『いってぇ!!』

『何すんだバカギツネ!』


『バカはアンタだわ。何あの撫で方、意味わかんない』


口論するリズとベンを他所に、僕とイリスは白狐に自分たちの故郷のことについて詳しく教える。


『エルクレイアの語源は、私たちの世界で伝わる栄光と名誉の神エウクレイアから来てるんだ』


『その由来通り、エルクレイアは特出した技術を持たないながら世界中に影響力を広めてる』



『どれもこれも国王が今のオリバー国王になってからなんだよね〜。メアリー・スーがあの国に属する事になったのもそのぐらいの時代だし』


教えると言うより考察をし始めたイリスを静止し、改めて説明を始める。


『脱線しまくりだよイリス』


『...要するにね? エルクレイアにいるある人の元へ向かって欲しいんだ』



『キミにとっては初めての遠出だからね、ホントだったら一緒に行きたいんだけど...。ごめん、今はやらないといけない事があるんだ』


悲しそうな顔をする白狐の頭を優しく撫で、諭すような口調で話す。


『ちゃんと僕のお願いを叶えてくれたら、その時は改めて一緒に色んなところに行こう。約束だ』




そこまで言い終えた時、僕たちの部屋の扉軽く数回叩く音が聞こえてくる。僕が扉を開けると、そこには僕らが泊まっている宿の従業員がいた。


『失礼します。貴方様宛にお荷物が届いたので伺いました』


その声がしたと同時、白狐は扉の方へと一目散に駆け出し、従業員の足元へと寄って行った。


『お、どうしたんだい?』

『可愛いけど珍しい子だ、尾が三本もある。この子は狐で合ってますか?』



白狐を撫でつつそう尋ねる従業員。


『大丈夫、合ってるよ。この子は親戚から譲り受けた珍しい狐なんだ』


そう適当に誤魔化すイリス。従業員から受けとった小包を開けてみると、その中には一通の手紙が入っていた。



『では私はこれで、失礼します』


要件を済ませ立ち去っていく従業員。その後ろ姿をしっかり見届けたあと、僕は白狐の方をチラリと見た。



『どう? ?』


その言葉に呼応するように、突然白い狐の身体が変形し何かを形作っていく。


『おいマジかよ...』


『うそ...』


見覚えのあるその姿に、ベンとリズは口が塞がらない。



『それでは行ってきます、ご主人』




それは、先ほどこの部屋を訪れ去っていったはずの従業員だった。


僕が用意した色々なものが入っている鞄を引っ提げ、何事も無かったかのように部屋の入口へと向かっていく。


『頼み事の内容や詳細は『疎通』を通して教えるよ。困った事があれば話しかけるように念じてみて、僕に繋がるはずだ』



『それじゃあ、帰ってくるのを楽しみにしてるよ』



入口の扉を開け宿の廊下へと出る。

そして扉が閉まろうかという時、その隙間からは白狐がこちらを覗いているのが見えた。




『はい、ご主人』



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



イリスに呼び出され、僕は宿を出て少しのところにある長椅子に座っていた。


『キミさ、私たちになにか隠してることあるでしょ』


後から来たイリスが脈絡もなくそう告げる。


『...隠すつもりはなかったんだけど...触る?』



『前にも言わなかった? 知識を得る快感を味わいたいのが私だ、簡単に答えがわかったらつまらないじゃん』


イリスは呼吸を置いて、再び話し出す。



それに、

『こういうのは言葉で聞いとかないと』


『...それもそうだね』


これ以上誤魔化すことは出来ないと悟り、僕は一つづつ話し始める。周りに聞こえないような声、だけどイリスには聞こえるくらいの声で。



『私ってば馬鹿だな...。について何も知らないのに表面だけで知った気になってた』




『刃』に『視線』、『契約』に『不死』の男...。よくよく考えたらあの町にじゃないか。

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