29. 愛憎

「やめやめ、一旦この話はヤメにしよう」

「生々しい話はキライなんだ、私。さっきの話を思い出すだけでも気味が悪い」



驚いた、大体のものには寛容だと思ってたイリスが、こんなに直接的に嫌悪感を出すなんて。


「肌を重ね合わせた? ソレってほぼ屍姦しかんじゃん。毎日食事を共にした? ソレは死体愛好ネクロフィリアの気があるだけじゃない?」


「人から聞く愛とか性の話はどうにも苦手でね、それが異常性癖だったら尚更だ。愛に溺れた人間の醜さってのは...いつまでたっても慣れないな」



「すまないね、話させといて。でもやっぱり耐えられないものは耐えられないらしい」


イリスは煽ってるつもりなんて無いんだろうけど、言動一つ一つが煽ってる時のソレだ。それを聞いたリュカは眉を少し動かしたと思うと、感情を押し殺したように言葉を吐き出した。


「...私たちの愛を理解できなくても仕方ありません」


「そうだね、理解出来ないものには蓋をしとくのが一番だ。知を求める私がコレを言うのは皮肉ではあるけどね」



「キミは変わったよ。リュカ・シモンズに前と違って、今は同じ姿をした別人だ」


リュカの表情が強ばる。

そんなこの場の嫌な空気を察したのか、ベンは部屋を出ていったリズを介抱しに行く。羨ましい、僕もこの部屋から逃げ出したいくらいだ。



「どういう事?」


「ロイ・シモンズは過去に。そして目の前の彼女の出身は廃都バルティア」


「あぁ...そういう事か」


神父とロイにどんな関係があったのかは知らないけど、それなら辻褄が合う。イリスがロイの話をした時、意図的に妹に関して伏せてたのはこういう事だったのか。


「君の持つ『創造』を知ってここまで来たんだ。ごく少数しか知らない力の内容を知ってるのは、同じくその力から生まれた人間だってことだね」



「さ、余興も済んだし話を戻そう。私はこの取引には賛成だ、私個人の好みで言うなら大嫌いな部類だけど」


「最終的な決定は君がするといい。私の好みを尊重してくれるなら、地の果てまで一緒に堕ちるくらいダイっ好きになっちゃうかも」




契約内容としては申し分ない。

兼ねてより考えていた「切り札探し」、ヤツでさえ手に入れてない力を僕が手に入れれば、それだけでも勝率は上がる。力探しをする上で最も重要なのは、転移者のいる場所とヤツがいる場所、その二つ。


週に一回、リュカは人伝で自分の持つ知識をイリスへと送る。それは自分の部下だったり、金で雇った一般の人間だったりと様々だ。国の目がある以上、自分で会いに行く訳にはいかないから。


「意地の悪いことしないでよイリス。僕もこの取引は受けてもいいと思ってる」


それを聞いたリュカの顔が一気に晴れる。


「...っでも...」


本当にそんな事していいのか?

仮にも一度人間性を捨てた身だ、大抵の事は出来ると思う。でも、一度自分の手で殺めた人間をもう一度生み出し地獄へ叩き落とすなんてこと...ソレに躊躇いを抱かないほど情を捨てたわけじゃない。


「酷いようだけど時間は有限だ。ここで判断が遅れたら全てが台無しになる、あとは分かるね?」



本当に酷いな、イリスは。

僕はほんの少しだけ、分かりやすく頭を抱えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「今日はありがとうございました。詳細はイリスに聞いてください、それでは」


平常心でいようと心掛けてるみたいだけど、今の彼女は明らかに目を輝かせて浮き足立ってる。が帰っていく姿を僕はただ見つめていた。


『悪魔。エドガー・フーヴァーの死体と『再現』の力を捧げる、僕の持つ力を強化してくれ』


『そして、の所有権をリュカ・シモンズに』



この世界に再び生まれ落ちてしまった彼は、瞬時に全てを理解したような顔をしていた。


その瞳の奥は、絶望の色で塗り潰されているみたいだった。



「仕方が無いさ、彼だって理解してるはずだよ。この世界は至極単純、だからね」


「彼は君に殺された時点で、死さえも選べない運命の奴隷となった。この選択が一番惨いのは変わりないけど、こうなるのも仕方なかった」


去りゆくリュカに対して、僕は一つ質問していた。「なぜ僕を信じたのか」と。こちらはイリスが触れさえすればそれで用済み、ちゃんと契約を交わす保証なんて無かった。



『貴方は絶対に私との取引を反故にしないと思っていました』



だって...。


『ベンや私、貴方は似たもの同士ですから』

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