28. 純愛

リュカ...確かリュカ・シモンズだったか。

ロイの妹でありエドガー監査官と同じ調査局所属...困ったな、全部に僕が関わってるじゃないか。


「リズ、視線は?」


「大丈夫、この人だけみたい」


僕を殺しに来た訳じゃないみたいだ。いや、もしかしたら一人で僕たちを殺せると踏んで来たのか? イリスから聞いた話だと、彼女が持ってるのは『索敵』の力だったはずだけど...。



「安心してください、貴方たちと戦うつもりはありません。取引をしに来ました」


そういう事か。

「話が早くて助かるよ。じゃあ少し場所を移そうか、ここだと色々と不便だ」


見渡す限り見える血の海、壊れた墓石の残骸、そして伝説の存在であるはずの大蛇の死骸...。とてもじゃないけどこの場所で話す気にはなれなかった。


「ベン、この人を縄で縛り上げて連れて来て」


見ると、先程まで相対していた魔女は見知らぬ女へと変わっていた。多分これが本来の姿だろう...可哀想に。


「分かった」


自我を持つことすらも許されなかった、完全にこの出来事の為だけに用意された「運命の人形」。僕もこうなる未来があったのかもしれない。


「イリスとリズは近くの民家で暖を取れそうな場所を探して。何かあれば『疎通』で僕たちに連絡を」


「りょーかい」



そうして僕は自分の周りに可愛らしい見た目をした動物ともとれる生き物を生み出す。その様子に驚いたのか、リュカは身構えいつでも戦える姿勢を作っていた。


「...これは?」


「魔獣リンピエーサ、こう見えても立派な魔物だよ」


「兎みたいな可愛さがあるけど、いざ食のこととなると何でも見境なく食べ始める。その特性から、本には『掃除屋』って書かれてた」


魔獣たちは血に染まった雪を喰らい、大蛇の死骸を貪り喰う。飛散した墓石の残骸すらも喰らいつき、さっきまで見てた景色が一気に変わっていった。


「なるほど、証拠隠滅という訳ですね」


「そうだね。一度消して僕が『創造』すれば、それで何もかも元通りだ」


彼女は『創造』という単語に少し反応を示したものの、一瞬で会った時と同じような憂鬱そうな表情に戻っていた。その表情を見たあと、僕は周りに散らばっている魔獣たちを全て消し去った。



「家、見つかったって」

「皆そこにいるらしい。僕たちも行こう」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「貴方が殺したエドガー監査官を、貴方の『創造』で生み出して欲しいんです」


一息ついた時にそう言われたので、僕は返事をしようにも口が開かなかった。


「その代わり、私は自分の知る情報を全て貴方にお渡しします。国の現状、調査局で手に入れた世界各国の情勢、私の『索敵』で手に入れた情報も全て」


「確かに情報は命だ。私の『知識』も人に触れなければ効力がないからね、キミという情報提供者がいれば心強い」



「交渉内容としては概ね好印象。だけど...キミはエドガー・フーヴァーを誕生させて何をするんだい?」


僕の隣で話を聞いていたイリスがそう尋ねる。これがもし高度な交渉の駆け引きとかだったら僕はカモだ、だから僕は黙ってイリスに任せる事にした。



「何を? ですよ?」


「監査官が貴方に殺されたと知った時は絶望の渦に叩き込まれた感覚でした。もう二度とあの人の思想に触れることが出来ない...それじゃあ私は満たされない」


...。


「幸い彼の亡骸は原型を留めていました。家庭なども持たない人だったので、その亡骸は私が引き取り、今も愛し合ってます」


「でもっ! それじゃあ満たされなかった...! 冷たくなった彼と肌を重ね合わせても、彼と毎日食事を共にしてもっ...彼はずっと黙ったままだった...」


「理由は簡単です。、そんなの私にも分かってる。でも、彼の身体さえあれば後のことは想像や妄想で補えると思ったんです...。でも無理だった」



段々と話に熱が帯びてくるリュカ。

そして最大の熱量を持って次の言葉を言おうとした時、吐き気を催したのかリズが何処かへと駆け出していった。


「...だから、エドガー監査官を貴方の『創造』で生まれ直させて欲しいんです...」


リズの行動で冷静さを取り戻したのか、リュカは覇気のない声でそう言う。



正直、未知の価値観に言葉が出なかった。

それは僕が未熟だから? そう思い周りを見渡したけど、ベンは僕同様に理解が出来ないといった顔をし、イリスは何も言わず先程火を焚べた暖炉をじっと見つめていた。僕だけという訳でもないらしい。




だってそれは...。

片方の欲を満たすためだけの...ただの人形じゃないの? 彼が生き返ったところで、結局はリュカの欲を満たす為だけにその生涯を終えることになると思う。


それは、愛し合うと言えるの?

それは...本当に幸せな事なの?



僕は分からなくなった。

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