30. 展望
リュカを見送ったあと、僕たちは少し離れた宿泊街に宿を取り、そこで一息つく事にした。
彼女の情報を頼りに来たどこの国にも属さない中立地、どうやら僕たちの情報はまだ出回ってないみたいだ。いや、出回ってたとしても大丈夫だろう。手配者の似てるのかも分からない絵を見て、熱心に僕たちを探す人なんていないから。
「安心して。世界ってのはね、ちょっとの好奇心と大多数の無関心で出来てるんだ」
「何処かで戦争が起きてたって、自分の隣を手配中の大量殺人犯が歩いてたって、殆どの人は何も感じない」
「でもそれは偽善とか注意力が散漫って訳でもない。それが普通の感性、生きるために必要なことかかそうでないかを選んでるだけに過ぎない」
自分たちが手配中の身であると知って不安になっているリズを宥めるために、部屋の中でイリスはそう説明する。
「感情とか善には論理を超えた何かがあるってよく言われるけど、正義の奥底には必ず損得勘定がある。意識してないだけでそれは絶対にあるんだ」
「まあだからさ、安心してよ」
宥めるつもりが熱を帯びていたことに気づき、イリスは我に返る。
「おいリズ、今日の講釈は終わったぞ」
「ヤバい、途中からなんも聞いてなかった」
「お前らは私を虐めてどうしたいの?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さて、情報を整理しようか」
「私たち...まぁ主に君の騒ぎすぎによって、国の民衆200人ちょうどが犠牲になった」
「その中には調査局主任監査官エドガー・フーヴァー、執行局執行官のロイ・シモンズも含まれており、国は大打撃を受けることになったのは記憶に新しい」
部屋に備え付けられてる卓上で話が始まる。
「これを受けて、国は私たちの首に懸賞金を掛ける事にしたらしい。と言ってもこれが特殊でね、情報を送るだけで一定の金額が貰えるようになってる」
「どうやら国はメアリー・スーや執行局の連中に君を殺させたいみたいだ、その実績が欲しいんだろう」
「まあそういう訳で、今後私たちは迂闊に歩くことが出来なくなる。今はまだ他国や遠くの地には出回ってないけどね、そのうち世界中が私たちを知る事になる」
ベンは肝が座っているのか、大して驚きもせず自分で淹れた紅茶を飲んでいる。対してリズは身体が強ばっていた。
「この世界に愛されてる奴を殺すんだ、時期が早かっただけの話だ。気負わなくて良いんじゃないか?」
「そうだよリズ、ベンの言う通りだ。いつも私を虐めるみたいな態度でいればいいんだから」
「うん、そう思っとく。あと...なんか
イリスの作る笑顔がとても恐ろしい。
本人の気質なのか力のせいなのか、意外と小さな事を根に持つのが彼女だ。
まあいいや、次だ。
「北にある小国『レイルペンシア』がバルティアと同盟を結んだ。どっちとも世界中に敵が多い、そのうち戦争が起こるかもね」
「レイルペンシアからしたらバルティアと同盟を結ぶ利益がない...って思ってたんだけど、一つだけ利点があった」
「君たちも覚えてるだろ? 天にそびえる塔から突き放した男の事を」
あぁ、覚えてる。
あの時、確かに死んだと思っていた男だけど、どこにもその死体はなかった。落下地点とされる場所には、地面がえぐれた痕跡も、血が流れた跡もなかった。
『消えたのか、それとも初めから居なかったのか...』
『行くぞイリス! あの人が次何をするか分かったもんじゃない!』
あの時は男の死よりもするべき事があった。と言うより、もし男が『贈与』の力を持っていた場合、恐らく僕は戦った時点で死んでいた。
「廃国バルティアにはあの男が居る。皆は最大限の皮肉を込めて『砂上の王』って呼んでるね」
「国際的な犯罪
メアリー・スーが誕生してからまだ10年も経ってない。彼が生まれた時、世界はその話題で埋め尽くされた。
「今話されてる主な話題はモチロン、君と彼だ。じゃあメアリー・スーが生まれる前はどうだったと思う?」
「正解はね、勇者・魔女・王サマだよ。御伽噺のような連中や、ヤンチャしてた頃の魔女と肩を並べてるんだ、ヤバいでしょ」
「今は表立って事を起こしてないから語られることは少なくなってるけどね、少し動けば自ずと分かると思うよ」
あの男が規格外なのは、『贈与』の性質を理解した時から分かってた。モノを分け与えるという事は、与えるモノを所有しているということ。他人から奪ったモノでも、自らで生み出したモノでも、与えるまではたとえ一瞬でも所有した事になる。
じゃあ...大勢の人に力を分け与えようとしてるあの男は、一体どれだけの力を持ってるんだ?
さて、最後だ。
「旧友であるエドガー君の死を受けた彼がどうしてるか知りたいでしょ?」
「最近は熱心に『倭国』へと訪れてるそうだ。あそこは面白いものがいっぱいだからねぇ、私ですらあの美しい景観は見惚れちゃう」
『倭国』か...。
謎が多い国だ。この世界において、僕たちの国と同等、もしくはそれ以上の文明力と言われてる。にほんの転移者が殆どそこに向かう事からも、技術力が頭抜けてるのが伺える。
「あ、そうだ。これから後の予定決めてなかったでしょ。じゃあ折角だし、『倭国』出身の人間が経営してる宿に泊まろう」
「あそこはいいよォ。母国ってわけじゃないけど、あの宿は質が高くて凄い落ち着くんだ」
目を輝かせながらそう言うので、僕たちの関心がその宿とやらに向く。ベンはさっきの話よりも真剣に聞いてるし、リズに関してはソワソワし始めてる。
「...僕としてはあまり外出したくないってのが本音かな」
「まあいいじゃないの。私たちの待ち人は長い目で待った方がいいって話だし、息抜きはした方がいい」
でも...。
「彼は新しく手に入れた『異界』を使って、あっちの世界から多くの人を招き入れてるらしい。世界中にいくつも扉を作って、熱心にね」
「たぶん優先度が違う、それまでは私たちに目を向けることも無いはずだよ。今私たちがやるべき事は、息抜きをしつつ着実にエデルへと向かうこと」
「どう? 私の熱心な説得でもダメかい?」
はぁ...こういう時だけ皆団結するんだな。
「...分かったよ。ここを離れたら、次はその宿に向かおう」
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