裁定の村

夜都「バルティア」

10. 世界

「この世界に転移してきた人間が、なぜ言語の壁にぶつからなかったのか知ってる?」



舗装された道を歩いていると、イリスはなんの脈絡もなくそう話し出した。


「突然どうしたの?」


リズは何を言っているのか全く分からないような顔をしている。かく言う僕も、当たり前のことだと思ってそのことを疑問にすら思っていなかった。


「いやぁ、そろそろ読者にも説明しないとなと思って」


「読者? 何か本でも書いてるの?」


「いやいや、気にしないで。こっちの話だから」


首を傾げるリズを他所に、イリスは説明を始めた。



...コホン。


「あっちの世界では、印欧語族に属するドイツ語という言語で会話をしていた。この言語以外にも、印欧語族には多種多様な言語があったし、これも氷山の一角に過ぎない」


「世界各国の人間がココに産み落とされるんだ、



「私たちはココに来た時点で理解していた、この世界のことを。言語を、食べ物を、文化を、時代を知っていたの」


初めて聞く転移者の話。僕たちがその話に食いついているのが分かったのか、イリスはどんどんと話す口に熱が入っていった。


「私たちがこの世界にすんなりと順応出来るのは虫のいい話ではあるけど、この世界の仕組みも結構都合がいいものなんだよねぇ」


「欧州の中世盛期に雰囲気は似てるのに、食べるものや文化はバラッバラ。特に米、確か君も売りに出したことあるよね?」


確かに米は何度か売りに出したことがある。僕の家は米に力を入れてる訳じゃないけど、町の外には大きな田畑が広がっていた。


「あらゆるものが都合のいいように創られてる。齟齬が起きないように、円滑に進むために」



本当にこの世界は面白いなぁ。



「この世界に国は色々とあるけど、話す言語は全部一緒でしょ? 訛りなんかはあるんだけど、元は全て一緒なんだ。だから...」


目標の場所まで着き、イリスは話をやめて立ち止まる。僕たちもそれに倣って、目の前に広がる新たな国を目に焼き付けていた。



「さ、着いた。ここがエデルへと向かうための第一歩、夜都やとバルティアだ」


「廃墟国家とも言われるくらい閑散としてて空気が重い、常に何かの建物が陽の光を遮ってる。だけど国として成り立っている不思議な場所さ」


そこまで説明し終えると、急に空模様が変わり雨が降り始める。小雨が瞬く間に大粒の雨へと変わり、次第に雷も鳴り出していた。


「おっと、予想外の雨だ」


「今日国に入るのは止めとこう。どの道準備がいるし、この国にそこまで用事はないから」


イリスは、国がある方向とは少し違う向きを指さす。


「この先の丘にまあまあな規模の村があってね、兼ねてからそこに泊まる予定だったんだ」


「ちょっと急ごうか、このまま雨に打たれてたら私たち風邪ひいちゃう」



イリスの忠告通り、僕たちは急いで村まで移動することにした。


「ねぇ、イリス? 村の名前はなんて言うの?」




「裁定の村」



「え? 最低の村?」



「違う違う。裁き定める方の、まあ行けばわかるよ。きっと」


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