11. 休息

雨は音を立てて降り続ける。




雨に打たれながらも村へと着いた僕たちは、一番近くにあった民家の戸を叩いた。


「すみません、少し雨宿りしていきたいのですが...」


扉が開き、物腰柔らかそうな老人が顔を出す。急な来訪で不審がりながらも、僕たちを見た途端にその表情は変わっていた。


「大丈夫かね君たち! さあさあ、中へ入って。身体も冷えるだろう」


招かれるままに家の中へと入る。

至って普通の民家、だけど何故か心地よい。暖炉にくべられた薪には火が灯り、家全体を暖かな空間へと変えていた。





「あんたたち旅人さんだろ。どうしてこんな辺境の国に来たんだね?」


濡れた服を乾かし、一息ついた所で老人はそう尋ねてきた。


「エデルへ向かうにしても...この国を通るなんて酔狂な人たちはあんたらが初めてだよ」


「...えっ? そうなの?」


当然のように僕たちがこの国を訪れたので、リズもそう勘違いしていたのだろう。


「エデルなんかを含めた主要国は大きな道で繋がってるからね。本来ならこの国を経由することは無い、完全に寄り道ってことなの」




「そうですねぇ...あえて理由をつけるなら、でしょうか?」



イリスがそう言うと、老人は声を大にして笑う。


「うぇ、そんな面白い事言ったつもりなかったんだけど...」



「...つまんな」


「ハッキリ言うと、気取った言い回しで癪に触った」


「うるさい黙れ少年少女、知識人でも時に間違うことはある」


イリスは不機嫌そうな顔をして窓の外に映る雨模様を眺める。そんな様子を見ていた老人は落ち着いたのか、宥めるように話し出した。


「いやいや、充分面白かった。そこの別嬪さん、なかなかに弁が立つなと思っただけだよ」


「君たち気に入った、雨宿りだけとは言わずに今日は泊まっていきなさい」


そんな老人の提案は、僕らにとって思わぬ収穫だった。宿の有無が不確かなこの村で野宿をしなくて済むのは有難い、とりわけ雨風を凌げるのがとても大きかった。


「ありがたくお言葉に甘えさせて頂きます」



最大限の敬意を持って、僕はそう答えた。





僕たちを暖かく迎え入れてくれた老人、彼はだいぶ前に奥さんを亡くし、今は独り身なのだという。


長い間一人で食事を取っていたであろう机の周りには、急な来客によって増えた即席の椅子が三個並んでいる。老人は作ったシチューをそれぞれの場所に置き、嬉しそうに語り出した。


「こうやって人と食卓を囲むのはいつぶりだろう...。とても感慨深いものがあるよ」


そうしてシチューを口に入れる前に、僕はイリスの方へとさりげなく目配せした。



「イリス、その匙は?」


「これ? これは私専用の銀の匙さ。私みたいにキレイな色艶してるだろ?」



匙を二回動かす...か。

そして銀の匙をシチューへと入れる...が、特に何も変化は起きなかった。


しかしまずいな、どう切り抜けようか。



「...くしゅん」


雨に打たれ風邪でも引いたのか、リズはシチューに口をつける前にくしゃみをした。


「少しリズの体調が優れないみたいだ。すみません、僕たちは貸して頂いた寝室で食事をとることにします」


「イリス、先に行っとくね」


「そうか、それなら仕方ない。お大事にな、お嬢ちゃん」



寝室へ着くと、リズは意外そうな顔でこちらを見ていた。


「ちょっと寒かっただけだから大丈夫、心配しすぎ」


「いいや絶対風邪だ、だから喉の通りが悪いやつは僕が食べとく」


そう言って僕はシチューから肉を全て取り除き、そして自分の皿へと入れる。


「...ケチ」




そうして肉を口の中に入れ頬張る。



流石の僕も、これは初めて知る味だ。





人の味




雨は、音を立てて降り続ける。








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