2. 悪魔
雪が降り始めた頃、切ったばかりの木の切り株でリスがクルミを頬張っていた。
「このクルミたちをあげる。だから君の見たモノを今後僕に教えてくれないかな?」
特に何の変化も起こらない、だけどリスはクルミを手放し僕へと手を向ける。そしてその小さな手に触れた瞬間、僕の頭の中に映像が入り込んできた。
それは今リスが見ている映像、僕の顔がそこには映っている。
「ありがとう」
そう言って僕はクルミを手渡す、リスは再びそれを頬張りだした。
「ねえ、何してるの?」
そう話しかけられて後ろを振り向くと、厚着をしたエレンが不思議そうに僕の方を見つめている。その金色の髪はユラユラと揺れて、冬の雪に溶け込んでいた。
エレンは僕の幼馴染で、昔から仲が良い唯一の友達だ。
お互い性別は違うけれど、それ以上にお互いがお互いのことをよく理解している。彼女が心優しい人間ということは知ってるし、僕もたくさん助けられた。
「あ、リスだ! かわいい~!」
彼女はそう言って切り株へと近づく。そしてリスの頭を撫でるも、クルミを食べることに夢中で微動だにしない。そしてしばらくの間リスを愛でた後、エレンは本来の目的を思い出したのか僕の方を向き直った。
「そうだ! おじさんが呼んでたよ! 都会の方へ出稼ぎに行くからついてこいだって、なんか急だね」
「気を付けてね? 最近町で転移者の人たちが何人か消えてるらしいから...。なんかこの前も刃物で刺された死体が見つかったらしいし...」
「あ~コワコワ、いつからこんな物騒になっちゃったんだろ。とまあそんなことだから、気を付けていってらっしゃい!」
ここは僕が出稼ぎにくる場所、商業の都と呼ばれてるらしい。
この世界の国の一つ、僕が住む国の首都ともいえる場所、僕は毎月この場所に赴き畑で取れた作物を売っている。収入は多くないけど贅沢は言えない、生きていけるだけで儲けものだ。
しばらく売り子をしていると、不自然な場所に人だかりができているのに気付く。
「あれは『魅惑』の転移者だよ。毎日ああやって女を侍らせて宿屋に入ってくんだ」
作物を買いに来た人が忌々しげに話す。どうやらその悪名はかなりのものらしい、通りゆく人々がその光景を見て呆れたような表情をしてる。
僕はそのことに気を惹かれつつも、売り子の作業に戻った。
作物を早々に売り終えた後、僕は路地裏で取り巻きの女と行為に及んでいる『魅惑』を発見し、それを見届けた後で話しかける。
「...あの、すみません。お願いしたいことがあるんですけど...」
「あ? なんだお前...もしかして見てたか?」
「まあいい、今の俺は機嫌がいいからな。なんだ? 言ってみろ」
あの...
「僕の腎臓とあなたの『魅惑』、交換していただけませんか?」
「...は?」
男はひどく混乱した表情を見せる。
その額には青筋が浮かび、理解不能な出来事に激昂しているようにも見えた。
「何訳の分からねぇこと言ってんだ、力を交換なんてできるわけねぇだろ!」
よほど沸点が低いのか、男はその些細な出来事で怒りが有頂天に達し襲い掛かってくる。人気のない暗い路地裏、おそらく僕が殴られたとしても誰の目にも留まらないし、誰も気づかないだろう。
そして僕は顔面を殴られる、頬は赤く腫れていた。
「あぁ、ダメだ。強引に契約を終えてはダメだ」
瞬間、男は手の渦に喰われて消えた。
「あぁ、悪魔に喰べられちゃった」
手が無数に連なり口の形を成す、そして咀嚼をした後にその異形はどこかへと消えていった。食べ残しなのか何なのか、地面には男の血が少しついている。それは白い雪と合わさって、仄かに赤く染まっていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
出稼ぎに行く少し前、町の入り口に立って空へ向かって喋る。
『裁定者、悪魔よ、どうかお願いです』
『この町にいる僕以外の全ての命を代償に、契約を正当に結ばないものに死をお与えください』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます